【背景】高齢者の虚弱状態を指すフレイルでは、心身の脆弱性が認められ、刺激に対する反応や活動量の低下が認められる。しかし、この病態機序は不明である。健常動物を用いた研究では、アストロサイトからニューロンへの乳酸の供給が、運動量の維持に寄与している(Matsui T. Proc Natl Acad Sci U S A. 2017)とする一方で、乳酸の供給阻害がストレス刺激時の運動量を増加するという結果も示され(Yin YN. Neurosci Bull. 2021)、脳における乳酸の運動量に対する機能については、議論の余地がある。また、乳酸が高齢者の活動量に与える影響についても、これまで十分に考究されていない。そこで我々は、老化促進モデルSAMP8マウスと正常老化マウス(SAMR1)を比較しながら、これらマウスに絶食処置を施した際の運動量ならびに脳乳酸量の変化を検討した。
【方法】5〜6か月齢のSAMP8マウスとSAMR1マウスの前帯状皮質に脳透析用のカニューレを留置した。飽食で飼育した後、検討前日の夕方から2つの摂餌条件(絶食あるいは飽食状態)で飼育し、翌朝から脳透析を開始した。基底状態での透析液を回収した後、強制水泳試験(FST)を実施し、遊泳行動を観察することで運動量を評価した。脳透析液中の乳酸、ノルエピネフリン(NE)、セロトニン(5-HT)量を高速液体クロマトグラフィーで解析した。
【結果】SAMR1マウスへの絶食処置は、FST中の運動量の増加傾向を示したが、SAMP8マウスでは絶食処置による変化は認められなかった。基底状態の乳酸量はSAMP8マウスとSAMR1マウスともに絶食により減少し、飽食飼育マウスの乳酸量はFST中に一過性の上昇を示したが、絶食飼育ではその上昇を示さなかった。NE量は摂餌条件とマウス種差の影響を受けなかった。5-HT量は絶食処置を行ったSAMR1マウスにおいて増加傾向を示したが、SAMP8マウスでは絶食処置による変化は認められなかった。
【考察】絶食による乳酸量減少は、SAMR1マウスのストレス刺激時の運動量を増加した。このことから、乳酸減少はストレス刺激時の対処反応を亢進することが示唆された。一方、SAMP8マウスでは、乳酸量と5-HT量の変化は運動量と相関しておらず、ストレス刺激時の対処反応低下には乳酸・5-HT神経シグナルの障害が関与することが考えられた。本研究結果は、フレイルの活動量低下の病態解明につながると期待されるが、今後さらなる検討が必要である。