ネフローゼ症候群は、腎糸球体障害による大量の蛋白尿と、これに伴う低アルブミン血症や浮腫が出現する難治性疾患である。代表的なネフローゼ症候群の一つである巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)は、しばしばステロイド治療に抵抗性を示し、高い確率で腎不全へと進行していくことが知られている。近年、FSGS患者のゲノム解析から、Ca2+透過性・非特異的カチオンチャネルであるTRPC6(C6)の様々な遺伝子変異が報告されている。C6は血管平滑筋に加えて腎臓のポドサイトや尿細管に豊富に発現しており、C6遺伝子変異により糸球体障害(ポドサイト傷害)が引き起こされる可能性が示唆されている。しかし現在、その詳細な分子機序は明確になっておらず、C6がFSGSの有効な治療標的となり得るかどうかも検証されていない。本研究では、FSGS患者で同定されたC6変異体をポドサイト特異的に高発現したマウス(C6-M131T-Tg)を作出して、アドリアマイシン(ADR)誘発性腎症の病態機序を解析するとともに、この腎症モデルを用いて、C6アンチセンス核酸(ASO)およびC6低分子阻害薬(SAR7334)の腎保護作用について実験的に検証した。C6-M131T-Tgは通常飼育下で病的なアルブミン尿を認めなかったが、ADR投与(10 mg/kg, i.v.)の2、4週間後において、同処置の野生型マウスに比較して、3~5倍の過剰なアルブミン尿が観察された。また、4週間後の腎糸球体形態解析では、C6-M131T-Tgの糸球体肥大(PAS染色)、ネフリン発現低下(免疫染色)、ポドサイト変性・傷害(電顕)が顕著に認められた。さらに、C6-M131T-TgのADR誘発性腎症モデルに対して、ASO(1~10 mg/kg, s.c.)を2回投与(ADR投与直前、2週間後)した場合、アルブミン尿および糸球体障害の抑制効果が用量依存的に認められた。一方、興味深いことに、SAR7334(30 μg/kg/min, s.c.)を投与した場合は、アルブミン尿や糸球体障害に対する有意な抑制効果が確認できなかった。以上の結果より、C6変異体のポドサイト特異的高発現はADR誘発性腎症を増悪化すること、また、その腎症はASO投与で抑制可能であることが示された。C6を標的とした核酸医薬はFSGSの有効な治療法になり得る可能性がある。