Na+/Ca2+交換輸送体(NCX)は、細胞膜を介するイオン濃度勾配と膜電位に依存して、3個のNa+と1個のCa2+を交換輸送するトランスポーターである。この輸送体は、心筋、血管平滑筋、腎尿細管、神経などに多く発現し、Ca2+恒常性維持やCa2+シグナル形成に重要な役割を果たしている。また、虚血再灌流障害、食塩感受性高血圧、肺高血圧、心不全などの発症にも寄与することが示唆されており、創薬標的として注目されている。これまで、当研究室は、KB-R7943、SEA0400などのベンジルオキシフェニル系NCX阻害薬の開発に携わっており、これら阻害薬が上記の各種疾患モデル動物に対して治療効果を示すことを報告してきた。しかし、これら阻害薬には非特異的作用もあることから、その治療効果がNCX阻害作用に基づくものかどうか、疑問視する指摘を少なからず受けてきた。そこで、本研究では、以前に当研究室で見出した阻害薬非感受性のNCX1-GC変異体(G865C)のノックイン(KI)マウスを作製し、NCX阻害薬のNCX1阻害作用に基づく薬効評価のネガティブコントロールとして利用する評価系の確立を試みた。まず、NCX1-GC変異体の細胞発現系を用いて、野生型NCX1を阻害する濃度域のSEA0400およびKB-R7943がNCX1-GC変異体のNa+依存性Ca2+輸送活性を有意に抑制しないことを確認した。なお、NCX1-GC変異体は野生型NCX1と同様のイオン輸送特性を有していた。次に、ゲノム編集法により作製したNCX1-GC変異体KIマウスおよび野生型マウスから培養血管平滑筋細胞を調製し、両細胞の無Na溶液置換時(ウアバイン処置下)の細胞内Ca2+濃度増加反応を測定したところ、NCX阻害薬は野生型マウスの増加反応のみを顕著に抑制した。また、両マウスの単離心筋細胞に対するウアバインの陽性変力作用(0.5Hz刺激下)を観察したところ、NCX阻害薬は野生型マウスの陽性変力作用のみを有意に抑制した。つまり、NCX阻害薬は、NCX1-GC変異体KIマウスのNCX1を介するCa2+依存性反応に対して、ほぼ無効であることを確認した。このように、NCX1-GC変異体KIマウスは、NCX阻害薬のNCX1阻害作用に基づく薬効評価のネガティブコントロール(野生型マウスとの比較実験)として有用であり、NCX阻害薬の創薬開発や基礎研究に効果的に利用できると考えられた。