【背景】
脳内出血は、脳実質内へ血液が漏出することで引き起こされ、高い死亡率と重度の運動機能障害をもたらす疾患である。これまでに我々は、合成レチノイドAm80がマウスin vivo脳内出血モデルにおいて脳組織保護効果と運動機能改善効果を示すことや、ミクログリア系細胞株においてNF- kBシグナルを抑制することを報告している。本研究では培養脳組織切片を用いて、Am80および非環式レチノイドであるペレチノインの脳組織保護効果について解析した。
【方法】
新生仔ラット脳より作成した大脳皮質-線条体冠状切片を多孔質膜上で培養維持した後、血中プロテアーゼであるトロンビン(100 U/ml)を処置した。Am80あるいはペレチノインはトロンビン処置の24時間前に処置し、トロンビン処置開始72時間後にpropidium iodide染色およびNissl染色により細胞死の程度を定量評価した。また、NeuN、Iba1、およびNF- kB p65の免疫組織化学により組織内の神経細胞およびミクログリアの病理変化について観察した。加えて、RT-qPCRによりサイトカインの発現量を評価した。
【結果と考察】
トロンビンにより誘発される大脳皮質領域の細胞死および線条体領域の組織委縮は、Am80 (1 mM)あるいはペレチノイン(50 mM)の処置によって著明に抑制された。両レチノイドの大脳皮質細胞死抑制効果は、PKAの特異的阻害薬であるKT5720 (1 mM)によって減弱したことから、PKAが大脳皮質におけるレチノイドの神経保護効果を媒介することが示唆された。一方、NF- kB阻害薬のPDTC (50 mM)およびBay11-7082 (10 mM)が、線条体ミクログリアにおいてトロンビンにより誘発されるNF- kBの核内移行を抑制するとともに、トロンビンによる線条体領域の組織委縮を著明に抑制したことから、レチノイドの線条体組織保護効果にはNF- kBシグナルの抑制が関与する可能性が示された。両レチノイドは、トロンビンにより誘発されるTNF-α mRNA発現増大も有意に抑制した。以上の結果は、血中プロテアーゼによって誘発される脳組織傷害に対するレチノイドの保護効果が脳部位毎に異なる機序を介して発揮されることを示唆している。