【背景・目的】
気圧の変化は天気頭痛のリスクファクターであり、片頭痛の場合は患部を冷やし、緊張型頭痛の場合は患部を温めることで頭痛症状が改善されることが多い。しかし頭痛症状と脳温の関係性は不明瞭であり、明らかな性差が認められる頭痛症状の発症メカニズムは解明されていない。これは脳温変化を長時間かつリアルタイムで捉える技術が確立されていないことが原因である。本研究では独自開発した小型熱電対デバイスを駆使し、無麻酔かつ自由行動条件にて気圧変動と脳温の関係性ならびにその性差について解析した。
【実験方法】
8週齢のC57BL/6J系統マウス(雄ならびに雌)の大脳皮質一次体性感覚野領域に熱電対デバイスを挿入してデンタルセメントで固定し、1週間の手術回復期の後に脳温測定を開始した。マウスを自作の気圧チャンバーに入れて馴化し、低気圧環境(通常気圧より50 hPa低い気圧)に1時間暴露し続けた後に再び通常気圧に戻して1時間放置するという操作で気圧変動環境を再現した(気圧変動群)。なお、気圧チャンバー内の気圧を変化させない条件で脳温を測定したマウスを対照群とした。一部の実験では、精巣摘出あるいは卵巣摘出を施したマウスを実験に用いた。
【結果・考察】
通常環境下では、雄マウスと雌マウスの脳温に違いは認められなかった(雄マウス:35.3 ± 0.1 ℃; 雌マウス:35.3 ± 0.1 ℃)。雄マウスは低気圧環境に暴露すると脳温が低下し、その状態が持続した(対照群: 34.7 ± 0.2 ℃; 気圧変動群:33.9 ± 0.1 ℃)。その後、再び通常気圧環境に戻したところ気圧変動群の脳温は対照群と同レベルまで回復した。一方、雌マウスの脳温は低気圧環境に暴露するとわずかに低下し、通常気圧環境に戻した際は対照群よりも高くなった(対照群: 34.1 ± 0.2 ℃; 気圧変動群:34.7 ± 0.2 ℃)。しかし卵巣摘出群では、通常気圧に戻した後の脳温上昇はSham群よりも小さかった。以上本研究では、気圧が脳温を変動させる環境要因であることを初めて明らかにした。さらに精巣摘出および卵巣摘出の実験から、気圧を元に戻した際の脳温上昇に女性ホルモンが影響することが示唆された。これらの結果は、脳温調節メカニズムの性差が頭痛のような脳疾患の発症に関与することを示す知見である。