肺高血圧症は肺動脈圧の上昇から右心不全に至る予後不良な疾患群である。肺動脈性肺高血圧(PAH)の発症には、Ca2+シグナル異常による肺血管収縮や肺小血管リモデリングが密接に関与すると考えられているが、その詳細な分子機序は不明である。Na+/Ca2+交換輸送体(NCX)は、Ca2+恒常性維持やCa2+シグナル形成に関わる重要なイオントランスポーターであり、血管平滑筋細胞にはNCX1とNCX2の2種類の分子種が発現している。我々はこれまでに、特異的NCX1阻害薬や血管平滑筋特異的NCX1欠損が、低酸素誘発性PAHモデルの右室収縮期圧上昇および右心室肥大・肺細動脈筋性化を抑制することを報告している。この知見は、血管平滑筋NCX1の機能亢進が低酸素誘発性PAH肺高血圧の発症に関与することを示唆している。本研究では、PAH発症における血管平滑筋NCX2の関与を検討するため、血管平滑筋特異的NCX2欠損マウス(NCX2-cKO)を用いた低酸素誘発性PAHモデル実験を実施した。NCX2-cKOマウスおよび対照マウス(野生型)を低酸素環境(10%酸素)で4週間飼育したところ、NCX2-cKOマウスでは、対照マウスと比較して顕著な右室収縮期圧上昇が認められ、PAH病態形成の増悪化が観察された。さらに現在、血管平滑筋特異的NCX2高発現マウスを用いた同モデル実験を実施中である。これまでに得られた結果から、血管平滑筋NCX2は、血管平滑筋NCX1とは異なり、その機能維持が低酸素誘発性PAHの発症抑制(保護効果)に寄与している可能性が考えられた。