糖尿病は世界で多くの患者が罹患している疾患の一つである。糖尿病はI型糖尿病とII型糖尿病に大別され、生活習慣に起因するII型糖尿病に対する治療薬は数多く開発されているものの、I型糖尿病の薬物治療は侵襲的なインスリン注入療法に限定されている。近年、糖尿病の細胞・組織において、ミトコンドリアの形態機能異常が報告されている。当研究室では、虚血(低酸素)ストレスがミトコンドリア分裂促進Gタンパク質dynamin-related protein 1(Drp1)とアクチン結合タンパク質filaminとの複合体を形成させ、心筋早期老化を誘導すること、高血圧治療薬として適応されているシルニジピンがDrp1-filamin複合体形成を阻害することで心不全を改善させることを報告している。本研究では、糖尿病モデルマウスを用いて、糖代謝異常におけるシルニジピンとその誘導体の有効性検証を目的とした。
ストレプトゾシン(STZ)投与によるI型糖尿病モデルマウスに血糖値が最高値に達してからシルニジピン(5mg/kg/day)を含んだ浸透圧ポンプを腹腔内に埋込み持続投与した結果、血糖値が軽減された。肝臓ミトコンドリアの膨張、骨格筋ミトコンドリアの断片化もシルニジピン投与によって抑制された。一方、II型糖尿病モデル(ob/ob)マウスに高脂肪食を与え、血糖値が最高値に達してからシルニジピン(5mg/kg/day)を持続投与したところ、血糖値の改善は見られなかった。この原因として、シルニジピンの電位依存性L/N型Ca2+チャネル拮抗作用による膵臓β細胞のインスリン分泌低下が影響している可能性を考え、ミトコンドリア過剰分裂を抑制し、かつ、Ca2+チャネル拮抗作用をもたないシルニジピン誘導体(MN1)を合成・最適化した。高脂肪食をob/obマウスに与え、血糖値が最高値に達してからMN1(5mg/kg/day)を持続投与した結果、血糖値の増加が顕著に抑制され、インスリン抵抗性も改善した。
以上の結果から、シルニジピンはI型糖尿病モデルマウスにおけるDrp1活性化を抑制し、ミトコンドリア形態異常や血糖値上昇を改善させることが示された。一方、重度なII型糖尿病モデルマウスにおいては、シルニジピンのCa2+拮抗作用ではなく、Drp1-filamin複合体形成阻害作用が血糖値の改善に関与することが強く示唆された。