心不全において心筋細胞の肥大を司る翻訳(蛋白の合成)の制御が病態の進展に重要と考えられるが、心不全における細胞外からの刺激が翻訳因子を制御するメカニズムには不明な点が多い。翻訳開始因子eIF4AはATP依存性のRNAヘリカーゼでDEAD-box蛋白ファミリー分子の1つであり、mRNAのCap構造を認識して、リボソームをmRNAに結合させ翻訳を開始させる。哺乳類にはeIF4A1とeIF4A2の二つのアイソフォームが存在し、試験管内では同等の分子機能を示すことが分かっているものの、生体内での活性制御や生理機能の違いはほとんど不明である。本研究では、筋細胞特異的なeIF4A1とeIF4A2欠損マウス(それぞれeIF4A1 mKO、eIF4A2 mKOマウス)を用いて、心不全応答における心筋細胞のeIF4A1とeIF4A2の生理的な役割について検討を行った。心不全モデルとしてアンジオテンシンII (Ang II)の持続投与を2週間行い、心肥大と線維化を解析した。野生型マウスのAng II投与により心臓におけるeIF4A1の発現が有意に増加した一方で、eIF4A2の発現に変化は認めなかった。また、eIF4A1 mKOマウスではeIF4A2の発現量に変化はなかったのに対し、eIF4A2 mKOマウスではeIF4A1の発現量が増加しており、eIF4A2欠損をeIF4A1が発現上昇により補完することが分かった。次に、eIF4A1 mKOマウス、eIF4A2 mKOマウスにおいて、それぞれAng II投与による心肥大、線維化を調べた。心肥大の指標である心重量/体重比はいずれも野生型と同程度であったが、心臓組織の線維化がeIF4A2 mKOマウスにおいて有意に増加していることが分かった。一方でeIF4A1 mKOマウスでは繊維化に変化はなかったことから、eIF4A1よりもeIF4A2が心筋細胞の恒常性に寄与していることが考えられた。さらに、eIF4A2はAng IIによる心筋細胞傷害に対し心筋保護的に作用し、結果的に線維化を抑制する効果を発揮している可能性が考えられた。今後、さらに実験を重ねてeIF4A1とeIF4A2の詳細な機能調節のメカニズムを解明していく予定である。