急性呼吸窮迫症候群(ARDS)は急激に発症する重症型の急性肺傷害の総称であり、発症の誘因として新型コロナウィルス感染の重症化がよく知られるが、他にも肺炎や敗血症、胃液の誤嚥、外傷、急性膵炎など多岐にわたる。ARDSの予後を改善する治療法の開発のためにはARDS/急性肺損傷の未知の病態解明が不可欠である。CCR4-NOT複合体は、mRNA分解の実行因子として機能すると同時に転写や翻訳などにも寄与し多様な遺伝子発現の調節に寄与するタンパク質複合体である。炎症応答におけるサイトカインmRNAの分解について、いくつかのメカニズムが明らかになっているが、CCR4-NOT複合体よる制御機構は不明である。本研究では、マウスの急性肺傷害におけるCRR4-NOT複合体の役割についてCnot3ヘテロ欠損マウスを用いて解析を行った。成体Cnot3 flox; Cre-ERT Tgマウスにタモキシフェン投与によりCnot3ヘテロ欠損(Cnot3 Hetz)を誘導し、気管内塩酸投与により急性肺傷害を誘導した。Cnot3 Hetzマウスでは野生型のマウスと比較して肺水腫の指標(肺の湿重量/乾重量比)が有意に上昇し、肺組織の病理学的スコアも顕著に増加した。Cnot3 Hetzマウスの肺ではIL-1b、NOS2、およびCCL2などのサイトカインmRNAの発現が有意に上昇しており、Cnot3は炎症遺伝子の発現を抑制することにより肺保護的に作用することが分かった。そこでCnot3 Hetz細胞でActinomycin D処理によりmRNAの安定性を測定したところ、これらのmRNA半減期は野生型と差はなかった。一方で転写制御の解析から、PU.1がIL-1bやNOS2の発現上昇を誘導する候補因子であることが分かった。現在、CCR4-NOT複合体による炎症遺伝子の発現抑制機構について、転写およびmRNA分解の詳細なメカニズムの解明を進めている。