背景:ヒスタミン (HA) は神経伝達物質の一つで、覚醒の維持に重要な役割を果たしている。以前から、脳内のヒスタミンH1受容体のシグナルを阻害すると、全身麻酔からの覚醒が延長することが知られていた。しかしながら、結節乳頭核(Tuberomamillary nucleus: TMN) に局在するヒスタミン神経細胞 (HA-TMN) の活性が、全身麻酔に与える影響については不明のままだった。そこで、今回はマウスのHA-TMNを特異的に抑制し、全身麻酔の意識消失作用に対する影響について検討した。
方法:化学遺伝学的手法 (Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs: DREADDs) でマウスのHA-TMNを特異的に抑制し、吸入麻酔薬の一種であるセボフルランによる不動化潜時と覚醒潜時を測定した。具体的には、Hdc-Creリコンビナーゼ遺伝子改変マウスに対してアデノ随伴ウイルスベクターをTMNに微量注入し、HA-TMNにのみ改変型ムスカリン受容体 (hM4Di) を発現させた。明期においてhM4Diを特異的に活性化するクロザピン N-オキサイド (CNO) を投与し (0.3 mg/kg i.p.)、HA-TMNのみを抑制した状態で、種々の濃度のセボフルランで満たされた麻酔ボックスにマウスを留置した。対照群には生理食塩水 (SA) を同容量投与 (i.p.) した。麻酔ボックス留置開始から自発運動がなくなるまでの不動化潜時を測定した。 15分間のセボフルラン麻酔後、マウスを麻酔ボックスから取り出して背臥位にし、全身麻酔からの覚醒の指標として正向反射消失(Loss of righting reflex: LORR) からの回復潜時を測定した。LORRからの回復潜時が30秒以上をLORR陽性と判定し、その ED50 を求めた。実験はTwo-arm cross over法を用いて一重盲検で実施した。
結果:不動化潜時はCNO群 (n=8) の方がSA群 (n=8) より有意に短かった (p=0.007, two-way ANOVA)。 LORR陽性となるED50はCNO群で1.66%、SA群で1.84%だったが、LORR回復潜時はCNO群とSA群で有意差がなかった (p=0.61, two-way ANOVA)。
結語:ヒスタミン神経細胞を抑制するとセボフルランの導入が早くなることが示唆された。