虚血性心疾患(Ischemic Heart Disease, IHD)は最も死亡リスクが高い疾患であり、その患者数は増加の一途をたどっている。IHDの原因として心筋ミトコンドリア障害が多数報告されていることから、ミトコンドリア機能改善が新たなIHD治療戦略として期待されている。最近、ミトコンドリア機能維持に重要な分子として超硫黄分子が同定された。超硫黄分子は、システインパーサルフィド(CysSSH)など硫黄原子が複数連なった分子構造を含む、電子授受能の高い硫黄代謝物である。超硫黄分子はミトコンドリア電子伝達系で電子受容体として機能することも報告されている。心臓はミトコンドリアによるエネルギー代謝が活発な組織であることから、超硫黄分子は心臓の頑健性維持に重要な役割を果たすと予想される。そこで本研究では、マウスIHDモデルを用いて、超硫黄分子がIHDに与える影響について調べた。
 超硫黄分子の組織イメージング解析の結果、虚血再灌流(Ischemia-Reperfusion, IR)後の虚血心筋領域において超硫黄分子の減少が観察された。心臓の主たるCysSSH合成酵素であるミトコンドリア局在型システインtRNA合成酵素(CARS2)に着目したところ、IR後の心臓ではCARS2のmRNA発現量が有意に減少していた。また、CARS2ヘテロ欠損マウスでは、IR後の心機能低下と、虚血心筋領域における超硫黄分子量の減少が野生型マウスのそれらと比較して有意に増悪していた。以上より、CARS2の超硫黄分子生成活性が心筋の虚血ストレス耐性に重要であることが示唆された。心筋梗塞(MI)モデルマウスにおいても、Na2S4投与はMI後の慢性心不全と心筋硫黄代謝を改善させた。さらに、CARS2をノックダウンさせたラット新生児心筋細胞を低酸素(1% O2)ストレスに12時間曝露すると、ミトコンドリア膜電位がコントロール心筋細胞のミトコンドリアと比べて有意に低下することが明らかとなった。
 以上の結果から、CARS2によるCysSSHの生成が、心筋ミトコンドリアの虚血ストレス障害を負に制御する可能性が示された。虚血心筋における超硫黄分子の生成・維持は新たなIHD治療戦略となるかもしれない。