小脳は主に随意運動の発現や調節および運動学習に関与しており、小脳変性疾患患者においては歩行困難や舌のもつれ等の運動失調症状が見られる。小脳の一部を損傷したラットにおいても、損傷により運動機能障害が生じるが、徐々に回復する(Foti et al., Cerebellum, 2011)。また、小脳摘出によって平衡感覚を失ったマウスでは、術前および術後のトレーニングにより平衡運動の回復が見られることも示唆されている(Caston et al., Neurobiol Learn Mem,1995)。近年、脳損傷後に新たな神経路が形成されるといった報告(Yamamoto et al., J. Neurosci., 2019)もされており、小脳損傷時においても他の脳領域における代替的な神経回路の活動が小脳の機能を補完していると考えられるが、その詳細なメカニズムは不明である。そこで、本研究では小脳損傷時の神経回路再編の実態解明を目的とした。まずは雄性のC57BL/6J マウス(12-16週齢)の小脳右側部を吸引により外科的に切除した。小脳損傷翌日の運動調節機能テスト(Rotarod test)の成績は一時的に低下したが、1週間後には非損傷マウスの成績と同程度に回復した。この回復期のマウスの脳を用いて、神経活動のマーカーであるc-Fosの発現変動を、大脳前部、大脳後部、海馬、視床・中脳及び小脳の5領域に大別してウエスタンブロット法にて解析した。その結果、非損傷マウスと比較して損傷マウスの脳では、c-Fosの発現が上昇すること、さらに、左右の脳半球間の差が一部領域で有意に増加することを見出した。また、現在大脳皮質の運動野に着目し、神経細胞トレーサー等を用いて、領野間の投射の変化を解析している。本発表では、領野間投射解析の結果とともに、小脳損傷マウスにおける運動回復のための大規模な脳神経回路再編について考察を述べる。