注意欠如・多動症 (Attention- deficient/ hyperactivity disorder、以下ADHD)は多動性、衝動性、注意欠損を主症状とする発達障害の一種であり、我が国における有病率は小児3.1%、成人5-6%と報告されている。ADHDの病因は、脳内カテコールアミンの調節異常などの機能的要因の他に、遺伝的要因が発症リスク因子として挙げられる。近年のゲノムワイド関連解析研究によって、様々な遺伝子がADHD発症に寄与する候補遺伝子として見出されてきたが、未だ決定的な遺伝子は存在しない。そのような中で、ナトリウムカルシウム交換輸送体3 (NCX3)をコードする遺伝子であるSLC8A3がADHD関連遺伝子として新たに同定された (XiaoCan et al., 2019)。そこで、本研究では、新規ADHD標的遺伝子として見出されたNCX3を欠損させたマウスを用いてADHDに関連した表現型解析を実施した。
 NCX3欠損(+/-)マウスは、野生型マウスと比較して有意な自発運動量の亢進ならびに認知機能の低下が認められ、これらの症状はドパミントランスポーター再取り込み阻害薬methylphenidateの投与によって改善された。次いで、前頭前皮質における細胞内ドパミン・カルシウムシグナル伝達経路を検討した結果、NCX3欠損(+/-)マウスではCaMKIIの自己リン酸化(Thr-286)及びDARPP-32(Thr-34)・GluA1(Ser-831, Ser-845)のリン酸化亢進が確認され、これらのリン酸化亢進はmethylphenidate投与によって抑制された。一方、海馬CA1領域でも同様のシグナル伝達経路におけるリン酸化亢進が確認されたが、methylphenidate投与による抑制効果は確認されなかった。さらに、NCX3欠損(+/-)マウスの前頭前皮質における細胞外ドパミン基礎遊離量が野生型マウスに比べて顕著に増大していることをin vivo microdialysis法で確認した。以上の結果より、NCX3の発現低下は前頭前皮質におけるドパミン神経伝達障害を介して多動性・認知機能障害を惹起することが示唆された。