老人性うつ病は典型的なうつ様症状を示す人は1/3〜1/4しかいないと言われており、通常の診断での識別が困難であることから病因及びその病態に関する機序解明は喫緊の課題である。一方、老人性うつ病の病因としては、アセチルコリン神経系・セロトニン神経系の遺伝子異常が発症リスク因子として報告されている(Grünblatt et al., 2011; Lotrich et al., 2011)。また、これらの文献に関連して、α7型ニコチン性アセチルコリン受容体 (nACHR)のアロステリックアゴニストであるgalantamineが認知症の高齢患者におけるBPSD (うつを含む周辺症状)に対して治療効果を示すことが報告されている。そこで、本研究では老化促進モデルマウスであるSAMP10マウスに対するgalantamine投与によるうつ様症状改善効果の細胞内分子機序について検討を行った。
SAMP10マウスは、対象群であるSAMR1マウスと比較して9ヶ月齢より顕著なうつ様症状を示し、これらのうつ様症状はgalantamineの連続投与(3 mg/ kg, 2 weeks, p.o.)によって改善された。また、このgalantamineによるうつ様症状改善効果はα7型nACHRのアンタゴニストであるMLAの併用投与によって打ち消された。次いで、前頭前皮質における細胞内カルシウムシグナル伝達経路を検討した結果、SAMP10マウスに対するgalantaine投与はα7型nACHR を介してCaMKKβ-AMPK-NAD+経路を賦活化し、SIRT1によるFOXO1の脱アセチル化を促進した。さらに、galantaine投与によるFOXO1の脱アセチル化はモノアミン代謝酵素であるMAOA遺伝子の発現量を低下することを明らかとした。最後に、in vivo microdialysis法を用いた解析にて、SAMP10マウスの前頭前皮質における細胞外セロトニン基礎遊離量が対象群に比べて顕著に低下し、この低下はgalantamne投与によって有意に回復することを確認した。以上の結果より、SAMP10マウスに対するgalantamine投与は前頭前皮質におけるα7型nACHR を介したCaMKKβ-AMPK-NAD+経路賦活化によってセロトニン神経系の活性化を誘導し、うつ様症状を改善する可能性が示唆された。