CCR4-NOT複合体は酵母からヒトに至るまで高度に保存されたタンパク質複合体であり、mRNAのpoly(A)鎖分解(脱アデニル化)を介したRNA分解の実行因子である。脱アデニル化はRNA分解過程の第一段階である一方で、同時に分解産物としてのAMPを産生することが知られてた。しかし、その代謝経路や細胞内における生理作用は不明であった。そこで、本研究では、脱アデニル化により生成されるAMPが細胞の生理機能にどのような役割を果たすのかを解析した。まず、poly(A)鎖を32Pラベルした人工合成mRNAを細胞内に導入すると、mRNA由来のAMP, ADP, 及びATPが産生されることがわかり、複合体中心タンパク質であるCNOT1の遺伝子欠損細胞ではこれらの産生が低下することがわかった。また、CNOT1を欠損した心臓ではAMP及びATP量の有意な減少を認めたことから、CCR4-NOT複合体の脱アデニル化代謝はAMP産生を介して細胞内ATPの維持に寄与することが示唆された。一方で、CNOT1の遺伝子欠損は重篤な細胞死を誘発してしまうことから、CNOT1ヘテロ遺伝子欠損細胞を用いてさらに詳細を解析した。CNOT1ヘテロ遺伝子欠損細胞の増殖能や生存は野生型細胞と変わらないものの、2-Deoxy-D-glucose (10uM)とAntimycin (36uM)の添加によりミトコンドリア呼吸鎖並びに解糖系抑制下のATP量を測定した結果、野生型細胞よりも早いATP量の減少を認めた。この理由として、脱アデニル化の低下に連動するATP産生の減少がこの一因ではないかと考え現在解析を進めている。一方で、ミトコンドリア呼吸鎖並びに解糖系についても細胞外フラックスアナライザーで解析した結果、CNOT1ヘテロ欠損細胞ではミトコンドリアにおけるATP産生能も減少していることがわかった。心臓におけるCCR4-NOT複合体の機能不全はAMPによって活性化されるAMPK活性の低下を生じることを見出しており、AMPKが制御するミトコンドリア生合成の低下がこの原因ではないかと考えられる。以上の結果から、CCR4-NOT複合体による脱アデニル化は単に不要なmRNAの分解作用のみならず、AMPの産生を介した多面的な作用により細胞内ATPの恒常的維持に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。