【背景および目的】
喫煙は、動脈硬化症や高血圧症、慢性閉塞性肺疾患など、様々な循環器系および呼吸器系疾患の危険因子である。これらの疾患の発症および進展には、循環器系および呼吸器系の細胞の細胞死が関与していると考えられている。ところが、タバコ煙による細胞死の分子機構については、これまで殆ど分かっていなかった。タバコの主流煙は、ニコチンを含むタール相(粒子相)とそれ以外のガス相に大別することができる。我々は以前、タバコ煙ガス相の主要な細胞傷害因子が、不飽和カルボニル化合物であるアクロレインおよびメチルビニルケトンであること、これらの化合物が循環器系の細胞(血管平滑筋)に対してプロテインキナーゼC(PKC)依存的に細胞死を誘導することなどを明らかにし、報告してきた。そこで本研究では、呼吸器系の細胞に対する不飽和カルボニル化合物の作用について検討することとした。
【方法】
ヒト肺腺がんA549細胞およびヒト肺小細胞がんSBC-3細胞は、10%FBSを添加したDMEMを用いて培養を行った。細胞の生存率は、MTS還元活性測定法により評価した。
【結果および考察】
A549細胞およびSBC-3細胞の不飽和カルボニル化合物に対する感受性を調べたところ、SBC-3細胞は不飽和カルボニル化合物に対して感受性を有したのに対して、A549細胞は高い耐性を持つことが判明した。不飽和カルボニル化合物によるSBC-3細胞の細胞死のメカニズムについて検討したところ、鉄を介するネクローシス様細胞死であるフェロトーシスの阻害薬が、細胞死を抑制したことから、主要なメカニズムはフェロトーシスであることが考えられた。更にPKCの関与について確認した結果、PKC阻害薬Gö6983は細胞死を抑制した。また、関与するPKCアイソフォームについても検討したところ、PKCβ阻害薬LY333531が細胞死を抑制したことから、PKCβの関与が示唆された。またこれらのPKC阻害薬は、フェロトーシス誘導薬RSL3によるフェロトーシス誘導も抑制した。以上の結果から、タバコ煙ガス相中の不飽和カルボニル化合物は、肺小細胞がんSBC-3細胞においてグルタチオン代謝に対して影響を及ぼすことでフェロトーシスを誘導している可能性が示唆された。