痛みは、感覚的側面と情動的側面よりなる複雑な体験である。痛みによる負情動生成は、生体警告系としての痛みの生理的役割に重要であるが、癌性疼痛や神経障害性疼痛などの慢性的な痛みでは、痛みにより引き起こされる抑うつや不安などの負情動は、生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく、うつ病などの精神疾患の引き金ともなり、また、そのような精神状態が痛みをさらに悪化させるという悪循環をも生じさせる。講演者らは、行動薬理学的解析や電気生理学的解析により、腹側分界条床核におけるノルアドレナリン神経情報伝達亢進(J Neurosci 2008)および背外側分界条床核におけるCRF神経情報伝達亢進(J Neurosci 2013)が、痛みによる負情動生成に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。背外側分界条床核におけるCRF神経情報伝達とNPY神経情報伝達が、負情動生成において相反的な役割を果たしていることも見出している。さらに、組織化学的解析により、CRFによる分界条床核内神経細胞の活性化が、3本のGABA神経を介して腹側被蓋野ドパミン神経を抑制的に調節する可能性を示した(J Neurosci 2012)。慢性痛時には、CRF神経の持続的な活性化により腹側被蓋野ドパミン神経が持続的に抑制され抑うつ状態を引き起こしていることを示す研究成果も得ている(J Neurosci 2019)。さらに最近、分界条床核から視床下部外側野に投射する神経細胞への抑制性入力の増大が慢性痛時の不安様行動亢進に関与していることを明らかにしている(Sci Adv 2022)。講演では、急性の痛みによる負情動生成に関わる神経回路・神経情報伝達についての研究成果を紹介するとともに、慢性痛モデルとして知られる神経障害性疼痛モデル動物での脳内報酬系機能変化および不安様行動亢進における分界条床核の役割についてのデータを示し、慢性痛による抑うつ・不安症状の神経機構について論じたい。