一生涯にわたり拍動を続ける心筋細胞の頑健性はその優れたレドックス恒常性維持機構に支えられており、レドックス恒常性の破綻は心疾患の発症と進行につながる。レドックス研究はこれまで活性酸素に代表されるように酸素を中心に研究が展開されてきた。一方で、近年、これまで測定が困難であった硫黄代謝物を同定する質量分析技術が飛躍的に発展したことで、硫黄原子が複数個連続で連なった超硫黄分子(R-SS(n)-H)と呼ばれる反応性の高い硫黄代謝物が生体内に豊富に存在していることが明らかとなり、レドックス恒常性を支える新しいプレーヤーとして注目されている。本研究では、心臓の頑健性を維持する上での超硫黄分子を中心とした硫黄代謝の役割、そして硫黄代謝の異常が虚血性心疾患に及ぼす影響を解き明かすことを目的とした。
これまで質量分析が中心であった超硫黄分子の解析に対して、我々は化学プローブを用いて細胞・組織レベルで超硫黄分子をイメージングする系を確立し、心筋梗塞モデルマウスの心臓では超硫黄分子が硫化水素へと還元代謝されることを見出した。そして、超硫黄分子の枯渇は心筋ミトコンドリアの過剰分裂を引き起こすことで心筋細胞の収縮機能を低下させた。そのメカニズムとしてタンパク質システイン側鎖の超硫黄化に着目し、超硫黄分子の枯渇はミトコンドリア分裂促進因子Drp1 Cys644の超硫黄化を減少させることでミトコンドリア分裂を促進し、心筋の早期老化を誘導することを見出した。
虚血性心疾患に関わるDrp1 Cys644のレドックス修飾としてグルタチオン化修飾を新たに見出した。生化学解析から、還元型のGSHではなく酸化型GSSGによってのみDrp1はグルタチオン化されることが明らかとなった。単離心筋細胞を用いた実験から、GSSGによるDrp1のグルタチオン化は低酸素ストレスによるDrp1活性化を抑制することで心機能障害を改善することが明らかとなった。GSSGの心筋保護効果をマウス個体レベルで評価するために心筋梗塞処置1週間後からGSSGを4週間投与した。その結果、Drp1グルタチオン化の亢進に伴い、心機能および心筋老化の改善が見られた。以上の結果から、酸化型GSSGはDrp1グルタチオン化を介して虚血性心疾患に対する保護効果を示すことが明らかとなった。