Bcl2-associated athanogene (BAG) 3は、BAGファミリーに属するタンパク質の1つであり、酵母や無脊椎動物、両生類、哺乳類、植物などの多くの生物で相同性タンパク質が確認されている。BAGファミリータンパク質はそれぞれ分子内にBAGドメインを持ち、BAGドメインおよびその他の部位で様々な他のタンパク質と結合し、細胞保護作用を示すと考えられている。
BAG3遺伝子はマウスやヒトの心筋や骨格筋で発現レベルが高い上、平滑筋および神経を含む様々な組織において発現が認められている。BAG3タンパク質は、ミトコンドリアのアポトーシス抑制タンパク質であるBcl-2に結合し、コシャペロンとして細胞保護作用を示すことが報告されている他、オートファジーやプロテオゾーム系などのタンパク質分解系の調節因子であるとの報告もある。
さらに、ヒトにおけるBAG3遺伝子の欠損変異や点変異は拡張型心筋症の疾患原因の1つであることも報告されている。その上、BAG3遺伝子の変異を有しているヘテロ接合体では、虚血性心疾患やその他の心疾患から心不全への移行割合が高いことも報告されている。すなわち、BAG3は心臓の正常な機能を維持するために必須なタンパク質であると考えられる。 その一方で、BAG3の心筋細胞における詳細な役割は未だに不明である。
本研究では、心筋特異的にBAG3を過剰発現させたBAG3トランスジェニック(TG)マウスおよびBAG3を心筋特異的に欠損させたBAG3ノックアウトマウス(BAG3 KOマウス)の表現型を解析した。BAG3 TGマウスでは、心肥大、心筋の線維化および心筋細胞内における凝集体の蓄積などは認められなかった。一方で、このBAG3 TGマウス心筋では、オートファジーマーカーのアップレギュレーションが認められ、低分子熱ショックタンパク質(HSP)ファミリーメンバーであるαBクリスタリンやHSPB1タンパク質レベルの顕著な低下が認められた。BAG3 KOマウスでは、心室内腔の拡張および心筋線維症が認められ、生後210日までに半数が心不全と考えられる症状を呈して死亡した。すなわち、BAG3遺伝子が欠損している心筋では、正常な心臓の機能維持ができないことが明らかとなった。その原因の一つとして、ミトコンドリアのアポトーシス制御タンパク質の変動による心筋細胞アポトーシスの誘導が考えられた。これらの結果は、心筋細胞のBAG3が様々なタンパク質と協調して多種多様な細胞機能を行っていること、およびBAG3タンパク質レベルの増減が心疾患の原因になり得ることを示唆する。