【目的】ドキソルビシン(DOX)の抗腫瘍効果には、アポトーシス誘導とミトコンドリア障害が関与する。DOXは心筋細胞においてもミトコンドリアに傷害を与えアポトーシスを惹起するために、不可逆的な心毒性を招くことが知られている。先に、我々は分子標的治療薬の一種であるエベロリムス(EVL)が、mTORを阻害することによりオートファジーを促進し、DOXによる心筋細胞のアポトーシスとミトコンドリア障害を抑制することを報告した(第73回日本薬理学会北部会)。オートファジーの1つであるマイトファジーは、損傷ミトコンドリアを選択的に分解する。また、セリンスレオニンキナーゼのAKTは、アポトーシスを制御する重要な細胞内シグナル伝達因子である。本研究では、DOX誘発アポトーシスを抑制するEVLの作用に、マイトファジー誘導やAKT活性化が関与するかどうかをラット心臓由来H9c2細胞を用いて検討した。
【方法】実験には、H9c2細胞とヒト乳がん細胞株MCF-7を継代培養して用いた。細胞生存率は、化学発光法を用いて測定した。アポトーシス発現は、核内クロマチンの凝集と細胞膜表面に露出されるホスファチジルセリンの程度を指標として評価した。AKTとその活性化体であるリン酸化AKTタンパク質(p-AKT)、オートファジーのマーカーであるLC3は、いずれもWestern blotting法を用いて解析し、ミトコンドリア膜電位の低下とマイトファジーは各々の蛍光試薬JC-1とMtphagy Dyeを用いて検出した。
【結果および考察】DOX非存在下のH9c2細胞において、EVLはオートファジーとマイトファジーを誘導し、p-AKTの発現を著しく増大させた。H9c2細胞にDOX (1 μM)を単独処理すると、その2時間後よりミトコンドリア障害(膜電位の低下)とp-AKTの発現低下を認めた。さらに、処理18時間後にアポトーシス発現が増大し、細胞生存率は低下した。DOXによるこれら一連の変化は、EVL (1 nM) の前処理により抑制された。AKT阻害薬であるMK-2206 (100 nM) は、DOXによるアポトーシスと生存率低下を増強したが、この増強はEVLとの同時処理により消失した。一方、MCF-7がん細胞においては、EVLはDOXによるアポトーシス発現と生存率低下に影響を与えなかった。以上の結果、EVLはDOXの抗腫瘍効果に影響を及ぼすことなく、DOXによる心筋細胞死を抑制することが示唆された。このEVLの心筋保護作用には、マイトファジー誘導とAKT活性化の両方が関与すると考えられる。