【背景と目的】高齢化社会において心不全の原因となる心臓弁膜症の罹患者数増加が問題となっている。中でも僧帽弁逸脱症(mitral valve prolapse; MVP)の有病率はおよそ1-3%と考えられている。MVPの根治療法として弁修復術や弁置換術などの外科的治療が有効である。一方、心臓への負荷軽減を目的とした対症療法以外にMVPの原因となる弁変性の制御を標的とした内科的治療法は未だ開発されていない。弁間質細胞(valvular interstitial cells; VICs)は弁の構造維持に重要な役割を担っており、弁変性時にはα-smooth muscle actin (α-SMA)発現の亢進した活性型VICsへと形質転換し、病態形成に関与すると考えられているが、その僧帽弁変性における詳細な調節機構は未だ解明されていない。そこで本研究は弁変性の要因と考えられているtransforming growth factor (TGF)-β1および機械的伸展によるVICs活性化を比較検討した。
【方法】雄性Wistarラット心臓より摘出した僧帽弁から酵素処理によりVICsを単離し、fibroblast growth factor添加培地中でα-SMA発現の低い状態(静止型VICs)に維持し継代培養した。静止型VICsをTGF-β1 (5 ng/ml, 48 h)刺激あるいは一軸性自動伸展装置を用いて機械的伸展(10%, 30 cycle/min, 24 h)刺激した後にタンパク質を抽出し、Western blottingにより各種タンパク質発現解析を行った。
【結果】静止型VICsはTGF-β1刺激によりα-SMA発現が亢進、vimentin発現が低下し、活性型VICsへと形質転換した。一方、機械的伸展刺激は静止型VICsを伸展方向と垂直に仮足を伸ばした細胞形態へと変化させ、α-SMA発現を亢進し、活性型VICsへと形質転換させたが、vimentinの断片化やcleaved caspase-3発現増加などアポトーシスの誘導を示す変化も同時に認められた。
【考察】TGF-β1および機械的伸展どちらもラット僧帽弁由来VICsの活性化に働くが、後者はアポトーシスも誘導するなど、異なる挙動を示した。今後は新規MVP治療法開発に繋がるよう、これら形質転換機構の違いに焦点を当て詳細な検討を行う必要がある。