セリンプロテアーゼ阻害薬であるナファモスタットメシル酸塩(ナファモスタット)は、臨床において急性膵炎や播種性血管内凝固症候群の治療に用いられている。我々はこれまでに、ラットへの低用量ナファモスタット投与が細胞障害性抗がん薬のメトトレキサート(MTX)による小腸組織障害を抑制することを報告した。ナファモスタットを低用量で使用すると、プロテアーゼ受容体-2(PAR-2)を活性化させるトリプターゼに対する選択性がより高まることから、ナファモスタットによるMTX誘起性小腸障害改善作用にPAR-2への影響が関与している可能性について、摘出ラット小腸組織及びラット小腸上皮細胞株IEC-6を用いて検討した。
 9週齢のウィスターラットにMTX(12.5 mg/kg)およびナファモスタット(1または10 mg/kg)を24時間毎に4回それぞれ腹腔内投与および皮下投与した。薬物初回投与から96時間後に小腸を摘出した。また、IEC-6を10%ウシ胎児血清含有ダルベッコ変法イーグル培地で継代培養し、第18〜24代の細胞を実験に使用した。mRNA発現を定性的および定量的RT-PCR法にて解析した。細胞生存率をCell Counting Kit-8にて、細胞毒性を乳酸脱水素酵素(LDH)細胞毒性キットにて測定した。細胞接合強度を経上皮電気抵抗(TEER)測定装置にて測定した。
 摘出ラット小腸組織及びIEC-6にはPAR-1–3 mRNA発現が認められ、PAR-4 mRNAの発現は認められなかった。ラットへのMTX投与は、小腸PAR-2 mRNA発現を有意に増加させた。ナファモスタット1 mg/kg併用投与はこの発現を有意に抑制したが、10 mg/kg併用投与は影響を与えなかった。またIEC-6へのMTX処理は、濃度依存的に細胞数を減少させ、培地へのLDH遊離を増加させた。さらにMTX(1 µM)処理は、TEER値を有意に低下させた。ナファモスタット(100 µM)はMTXによる細胞生存率の低下及びLDH遊離を有意に抑制し、またMTXによるTEER値の低下を有意に改善した。PAR-2阻害薬であるAZ 3451(10 µM)は、MTXによる細胞生存率の低下には影響を及ぼさなかったものの、LDH遊離を有意に抑制し、MTXによるTEER低下を有意に改善した。
 本研究によりナファモスタットによるMTX誘起性ラット小腸組織障害改善作用にはPAR-2発現抑制作用が関与していることが考えられた。さらにIEC-6を用いた検討により、ナファモスタットはMTXによる小腸上皮細胞への障害を直接抑制し、その機序の一部にPAR-2シグナル伝達系を介した作用が関連していることが考えられた。