抗ウイルス薬や抗ウイルスワクチンの開発には、その効果を定量的に調べるための評価系が必要である。現在、培養細胞レベルでの評価ではプラークアッセイと呼ばれる手法が主に用いられているが、この手法は結果が得られるまでに数日かかり、熟練した技術員が行わなければならない。本研究では、NanoLucルシフェラーゼを改変し、ウイルスがもつ独自のプロテアーゼの細胞内での活性を迅速かつ簡便で高感度に検出する新規プロテアーゼセンサーFlipNanoLucを開発し、新型コロナウイルス感染細胞の検出を試みた。
NanoLucはトゲオキヒオドシエビ由来のルシフェラーゼであり、その構造はアンチパラレルな10本のβシートで構成されるbarrel様構造である。このNanoLucをβ1-8とβ9-10に分割し、β9-10を二量体形成ペプチドとプロテアーゼ切断配列で繋げた。FlipNanoLucの切断配列がプロテアーゼによる切断を受けると、二量体形成ペプチドにより平行な配向で固定されていたβ9-10が本来の逆平行の配向をとり、β1-8とNanoLucを再構成することで発光活性を示す。さらにNanoLucをベースとした別システムであるHiBiT-LgBiTシステムを応用し、センサーを高感度化する改良を加えた。TEV (Tobacco Etch Virus) プロテアーゼを用いた検証では、プロテアーゼ存在下で115倍の発光値が得られた。また、センサーの切断配列をCaspase-3切断配列に変更することでアポトーシスを、コロナウイルスの3CLプロテアーゼ切断配列に変更することでヒトコロナウイルスOC43及び新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) の感染を検出することに成功した。また、コロナウイルス感染時に誘導される宿主翻訳抑制により、センサーの発現量が低下する問題に対し、コロナウイルスがもつ宿主翻訳抑制から逃れる機構をセンサーに付加することでそれを回避し、検出感度を高めることに成功した。これまで、野生型コロナウイルスが感染した細胞を無染色・非侵襲で検出可能なバイオセンサーの開発例は極めて少ない。FlipNanoLucは、臨床サンプルからのウイルスの単離やウイルス感染力価の簡便な測定、抗ウイルス効果を示す化合物のスクリーニングなどへの応用が期待される。