Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD+)は水溶性ビタミンであるナイアシン (ニコチンアミドとニコチン酸)から合成される分子であり、エネルギー代謝を含む多くの酸化還元反応の補酵素として働く。また、NAD+はDNA修復やタンパク質の翻訳後修飾に用いられるほか、RNAの5‘-cappingにも関わっており、多くの生物に必須の分子である。
加齢によって体内のNAD+量は減少し、この減少はNAD+依存的な生物学的プロセスの低下を招く。一方で、NAD+の前駆体を用いたNAD+補充は老化によるNAD+減少に対抗し、老化関連疾患の予防・治療に有効であると考えられている。
細胞内のNAD+量の維持にはNAD+分解によって生じるニコチンアミドの再利用が重要であると考えられてきた。この経路はサルベージ経路と呼ばれており、その中間代謝物であるNicotinamide mononucleotide (NMN)やNicotinamide riboside (NR)は優れたNAD+源として期待されている。実際、これらの前駆体は肥満や糖尿病、認知症などの動物モデルにおいて有効性が示されており、現在多くの臨床試験に用いられている。
一方で、近年、経口投与されたニコチンアミドが腸内細菌によってニコチン酸に変換された後に生体に吸収され、NAD+合成に利用されることが明らかにされた。また、経口投与されたNRはニコチン酸由来の中間代謝物を増加させることが報告されていることから、従来直接吸収されると期待されていたNRやNMNについて消化管での動態を検討する必要が生じた。
そこで、本研究ではNAD+前駆体の腸内動態を検討するため、腸内細菌の除去がNAD+前駆体の利用効率に与える影響を検討した。また、それぞれのNAD+前駆体がどのような形で生体に利用されるかについて検討するため、ニコチン酸からのNAD+合成の最初の反応を触媒する酵素であるNicotinic acid phosphoribosyltransferase (Naprt)の欠損マウスを用いた解析を行った。
興味深いことに、経口投与されたNAD+前駆体の体内利用には2相性があることが分かった。これら前駆体はある程度の量は直接吸収され利用されるが、残りの大部分は腸内でニコチン酸に変換された後、Naprtを介した経路でNAD+合成に用いられることが明らかになった。