がん組織は、がん細胞の持つ高い増殖能力や機能の劣る腫瘍血管の形成が原因となり、しばしば低酸素状態に陥る。低酸素環境は、一般に細胞の生存にとって不利に作用することから、自身を保護するために低酸素応答が引き起こされる。低酸素応答は、呼吸や代謝などを調節することで、細胞の低酸素環境への適応に働く機構である。一方で、がん細胞の生存や増悪化を招く要因ともなる。この応答で中心的な働きをする転写因子がHypoxia-Inducible Factor (HIF)である。低酸素下ではHIFの発現が速やかに上昇して、多数の遺伝子の発現を誘導して、適応状態を形成する。一方で、長期的な低酸素応答ではHIFの発現・活性は減少傾向を示し、代わってCREB, NF-κBなどの転写因子が活性化することをこれまでに明らかにしてきた。さらに、この時に低酸素応答性遺伝子の核内配置が変化し、クロマチン構造変化が起こることを最近明らかにした。ところが、タイミングに応じて低酸素応答性遺伝子の発現が変化する分子機構は依然として明らかではない。  HIFは、αとβの二つのサブユニットがヘテロ二量体を形成して、転写因子としての活性を示す。αサブユニットには三つのアイソタイプが存在し、それらに共通のβサブユニットとしてARNTがはたらく。大腸がん細胞株HCT116においてARNTをノックアウト(KO)したところ、代表的なHIF標的遺伝子であるLDHAの発現誘導はみられなくなった。さらに、長期的な低酸素応答で誘導されるMMP1の発現を検証したところ、野生型とARNT KO細胞で発現誘導の傾向は同様であったが、その発現量はKO細胞で有意に減少していた。このことから、長期低酸素下での遺伝子の発現誘導にはそのタイミングで活性化される転写因子が必要であるが、遺伝子の発現量を規定する基礎として、HIFを介した制御機構が関与することが示唆された。