リンパ節転移は、食道扁平上皮癌など悪性度の高い腫瘍の患者予後を規定する重要な因子であるが、未だその分子機序には不明な点が多く根本的な治療法の開発には至っていない。今回、私達は、マウス扁平上皮癌NR-S1M細胞の皮下移植腫瘍のリンパ節・肺転移モデルを用いて、がん転移に重要な制御因子を同定することを目的として研究を行った。
 NR-S1M腫瘍をin vivoで継代することにより、悪性度の高いNR-S1M転移株を単離した。RNA-seq解析では、コントロールである親株細胞と比較したところ、NR-S1M転移株ではインターフェロン及び炎症応答に関連する遺伝子群の発現が顕著に低下していた。そこで、形成した高悪性度NR-S1M腫瘍における免疫応答を検討したところ、免疫染色でCD8陽性T細胞及びCD11c陽性樹状細胞の腫瘍組織への動員が一部の領域で顕著に低下しており、がんheterogeneityとその微小環境下における免疫抑制区域の存在が示唆された。そこで、腫瘍組織のVisium空間的トランスクリプトーム解析を行い、位置情報を反映した遺伝子発現プロファイルを取得し、ノンバイアスにクラスタリング解析を行った。その結果、Visium解析でも腫瘍組織のがんheterogeneityを認め、抗原提示やインターフェロン応答及び炎症応答が低下している免疫抑制区域が検出された。興味深いことに、この免疫抑制区域では低酸素応答、アポトーシス及び血管新生に関わる遺伝子群が高発現しており、がん転移に寄与することが考えられた。そこで、in vivo腫瘍の免疫抑制区域とin vitroのNR-S1M転移株に共通して発現が上昇している遺伝子を抽出したところGalectin-7が新たに見出された。Galectin-7は腫瘍進行に伴い発現が上昇し、Galectin-7高発現の領域と免疫抑制区域に相関が見られた。Galectin-7欠損癌細胞を樹立しマウスに移植したところ、原発腫瘍の増殖には変化が見られなかったが、リンパ節や肺への転移が顕著に抑えられることが分かった。
 以上から、Galectin-7はがん微小環境における免疫抑制区域の形成と関連して発現が上昇し、転移を特異的に誘導する因子であることが分かった。今後、Galectin-7の転移誘導のメカニズム解明は、がん転移に対する新しい治療法の開発につながることが期待される。