[背景・目的] 糖尿病は心不全発症の危険因子である。タンパク質のリジン残基のアセチル化修飾は、そのタンパク質の機能調節に重要な役割をはたす。ミトコンドリア型サーチュインであるSIRT3はNAD+依存性タンパク脱アセチル化酵素であり、ミトコンドリアの機能維持にはたらく。本研究の目的は、2型糖尿病の心臓におけるSIRT3の役割を明らかにすることである。
[方法・結果] 本研究では肥満2型糖尿病モデルであるOtsuka–Long–Evans–Tokushima fattyラット (OLETF) とその対照ラットであるLong–Evans–Tokushima–Otsukaラット (LETO) を用いた。25~30週齢において、LETOと比較してOLETFで体重は重く、随時血糖、血清インスリンそして血中の中性脂肪が有意に高値であり、肥満2型糖尿病を呈していた。心臓超音波ではLETOと比較してOLETFで左室拡大を認めたが、左室駆出率は両者で差がなかった。Sirius Red染色で評価した左室線維化の程度は両者で差はなく、定量PCR法で測定したB型ナトリウム利尿ペプチドの遺伝子発現にも差はなかった。一方、ウエスタンブロット法では、OLETFにおけるリン酸化Aktレベルの低値、ピルビン酸脱水素酵素のリン酸化レベル高値を認め、インスリンシグナル減弱とグルコース酸化の抑制が示唆された。またAMP活性化プロテインキナーゼのリン酸化レベルもOLETFで高値であったことから、OLETFの心筋ではATP低下を是正する反応が生じていると考えられた。心組織から得た単離ミトコンドリアでは、LETOと比べてOLETFでタンパクのアセチル化レベルが低下し、SIRT3の活性が亢進していることが示唆された。これに一致してSIRT3の蛋白レベルやSIRT3 mRNAレベルはOLETFで有意に増加していたが、他のミトコンドリア型サーチュインであるSIRT4は両者で差はなく、SIRT5 mRNAはOLETFでむしろ低値だった。ラット心筋芽細胞であるH9c2細胞では、SIRT3のノックダウンによりミトコンドリア膜電位が維持できない細胞が増加した。
[結論] 肥満2型糖尿病において、左室の収縮能低下や線維化をきたす以前の早期の時期では、心筋におけるSIRT3の発現や活性が亢進してエネルギー恒常性の維持に寄与している可能性が示唆された。