背景】細胞接着因子であるギセリン/CD146は神経細胞の突起伸展、移動に関係していることが明らかとなっている。一方、成体では心臓や肺、血管の平滑筋細胞などでも発現している。これらの組織、細胞におけるギセリン/CD146の機能は神経細胞とは異なると考えられる。哺乳動物では、心筋細胞は胎児期にのみ増殖能を有し、出生後は成長に伴い成体細胞の容積を増大させるだけである。また、病的な心肥大においても同様である。したがって、ギセリン/CD146の心臓における機能として、心筋細胞の容積増大に関与している可能性が考えられる。さらに、神経細胞ではギセリン/CD146の発現は、MAP系経路の阻害剤により抑制されることを明らかにしている。本研究は、病的な心肥大の過程および、出生後の心臓の容積増大におけるギセリン/CD146の発現と心筋由来の培養細胞H9c2を用いて制御機構について解析を行った。
【方法】ラットの大動脈起始部を狭窄(AAC,Ascending aortic constriction)させることにより、心肥大モデルラットを作製し、心肥大時のギセリン/CD146、β-ミオシン重鎖(β-MHC)をリアルタイムPCRにより解析した。出生後のラットにおいても同様の方法で解析を行った。タンパク質の発現についてはウエスタンブロット法を用いて確認を行った。また、神経細胞では、ギセリン/CD146の転写は転写調節因子CREBがギセリン/CD146遺伝子のプロモーター領域に存在するCRE配列に結合することで活性化されるため、その転写調節には、MAP経路が関与していると考えられている。そこで、伸展刺激を加えたラット心筋由来培養細胞H9c2に、MAP経路のp38 MAPキナーゼ、MEK1/2の阻害剤を添加することにより、心筋細胞におけるギセリン/CD146遺伝子の発現メカニズムを解析した。
【結果】 心肥大モデルラット心筋において、ギセリン/CD146の発現が増大することを確認した。ギセリン/CD146の発現のピークはβ-MHC mRNAの発現増大が始まる前であった。一方、ラット新生児の心臓におけるギセリン/CD146の発現は、生後1週目でピークに達し、その後低下した。また、H9c2細胞を用いた実験においては、伸展刺激によりギセリン/CD146 の発現が増加することを確認した。さらに、p38 MAPキナーゼ阻害剤の添加によってその発現の増大が抑制された。
【結語】 ギセリン/CD146は心筋肥大の初期段階に関与しており、その発現はp38 MAPキナーゼ経路を介して調節されていることが示唆された。