アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)は、SARS-CoV-2の細胞侵入の受容体であり、組換え可溶型ACE2は、分子デコイ(おとり)としてSARS-CoV-2を吸着することで感染を抑制する。一方で、ACE2のカルボキシダーゼ活性はアンジオテンシンII(AngII)の分解を介し、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)/急性肺障害の症状を改善する。これまでに私達は、ACE2様酵素B38-CAPを新種のB38菌株より同定し、可溶型ACE2と同等にマウスの高血圧や心不全を改善することを報告しており(Nat Commun 2020)、本研究ではSARS-CoV-2誘発性肺損傷に対するB38-CAPの治療効果を解析することで、ACE2酵素活性のCOVID-19に対する治療効果について検討した。SARS-CoV-2を感染させたハムスターあるいはヒトACE2トランスジェニックマウスの肺では、内因性のACE2の発現が有意に低下し、AngIIペプチドが上昇した。また、SARS-CoV-2のSpike三量体の組換え蛋白は、塩酸吸引による急性肺障害ハムスターでACE2の発現低下、及びAngIIペプチドの上昇を誘導し、急性肺障害を顕著に悪化させた。これに対し、B38-CAP投与は、Spike蛋白により重症化した塩酸誘発性の急性肺障害の病態を改善した。次に、SARS-CoV-2を感染させたハムスターにB38-CAPを投与したところ、ウイルスRNA量に影響を与えることなく、肺水腫と肺損傷の病態を改善した。さらに、ヒトACE2トランスジェニックマウスにおいても、B38-CAPはSARS-CoV-2誘発性の肺水腫と肺損傷の病態を軽減し、肺機能の測定でも呼吸不全が改善していた。B38-CAPはACE2ホモログとしてACE2様の触媒活性部位を持つ一方で、SARS-CoV-2のSpikeには結合せず、SARS-CoV-2の細胞侵入も抑制しなかったことから、SARS-CoV-2誘発性肺障害の改善にはB38-CAPの酵素活性が重要であることがわかった(Nat Commun 2021)。以上の結果から、ACE2のカルボキシペプチダーゼ活性を補充する治療法がCOVID-19のARDS/急性肺障害を改善するために有効な治療戦略であることが明らかとなった。今後、COVID-19のARDS重症化を予防するための治療薬として、B38-CAPや可溶型ACE2が応用されることが期待される。