歯根膜は歯と歯槽骨の間に位置し歯の植立に寄与するとともに、内在するRuffini小体が咬合圧を感知し咬合力を調節している。ラットの歯を削合し咬合させない状態にすると対合歯のRuffini小体が消失し、再び咬合させるとルフィニ小体が出現する事が報告された(Shi L. et al., 2005)。この事は機械刺激が神経に直接作用する可能性と歯根膜を介して液性因子が神経に作用する可能性が示唆される。生理的咬合の様な機械刺激を受けた歯根膜細胞による末梢神経細胞の分化誘導機構は未だ明らかになっていない。そこで、日常的に機械刺激に曝されている歯根膜に着目し、歯根膜が機械刺激を細胞間シグナル分子に変換し、神経などの周囲組織に影響を与えていると考えた。
樹立したラット歯根膜 (rPDL) 由来の初代歯根膜細胞株をシリコンチャンバーに播種し、細胞株に1軸方向の周期的な機械刺激 (伸展周期0.5 Hz、伸展率15%) を負荷した。機械刺激を負荷したrPDL細胞の上清培地中でマウス三叉神経節 (mTG) 初代培養細胞を培養したところ神経突起の伸長が増強された。神経突起の伸長にはNGF、BDNFなどのneurotrophic factorやWnt familyを含むaxon guidance proteinが関与する事が知られている。rPDL細胞にはNGF、BDNF、NT-3/4、Wnt5aのmRNAが発現していた。qPCR法によりmRNA発現量を定量的に解析したところ、Wnt5aの発現量だけが機械刺激負荷時間依存的に増加していた。機械刺激を負荷したrPDL細胞の上清培地に抗Wnt5a抗体を添加しmTG細胞を培養すると神経突起の伸長作用が阻害された。この事から、機械刺激を受けたrPDL細胞から産生されたWnt5aにより神経伸長が促進される事が示唆された。さらに、このWnt5aの産生量の増加は細胞内Ca2+のキレート薬であるBAPTA-AMにより完全に抑制された。これらの結果から、機械刺激を負荷されたPDL細胞では、細胞内Ca2+上昇に依存してWnt5aの産生が促進され、分泌されたWnt5aがmTG細胞の神経突起を伸長させる事が示唆された。