[背景] うつ病患者のうち3割は、治療抵抗性を持ち、既存の抗うつ薬では、症状が寛解しない。そのため、新規治療標的の発見が求められている。ストレスは、うつ病発症における重要な環境因子であるが、同じストレスを受けた全ての人が病態を発症するわけではなく、そのストレス感受性の調節機構には不明な点が多い。我々は、次世代の治療標的として、N-アセチル基転移酵素であるShati/Nat8lに着目し、慢性ストレスを暴露したうつ病モデルマウスの背側線条体においてShati/Nat8l mRNAの発現が増加することを見出した。本研究では、背側線条体におけるShati/Nat8lのうつ病に対する機能的役割を明らかにし、Shati/Nat8lの治療標的としての可能性を追求した。
[方法・結果] 10日間の社会的敗北ストレスを暴露したマウスにおいて、背側線条体Shati/Nat8l mRNAの発現量がストレス感受性群でのみ増加した。背側線条体におけるShati/Nat8lのストレス感受性への機能を検討するため、背側線条体局所的にShati/Nat8lを過剰発現したマウス(Shati OEマウス)、ノックダウンしたマウス (Shati cKDマウス) を作製した。これらのマウスに社会的敗北ストレスを暴露したところ、Shati OEマウスは、ストレスに対する脆弱性が観察された一方で、Shati cKDマウスはストレスに対する抵抗性が観察された。In vivo マイクロダイアリシス法により、背側線条体におけるセロトニン遊離量が感受性群においてのみ有意に低下しており、Shati OEマウスも同様に低下していた。Shati OEマウスが示すストレス脆弱性は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるフルボキサミンの背側線条体投与、またはDREADDシステムを用いて縫線核から背側線条体へと投射するセロトニン神経を特異的に活性化することで回復した。
[考察] マウスの背側線条体におけるShati/Nat8lがストレス感受性を制御した。そのメカニズムには背側縫線核から背側線条体へ投射するセロトニン神経の調節が関与していることが示唆された。これらのことから、背側線条体におけるShati/Nat8lがうつ病に対する治療標的となる可能性が示された。