背景・目的:抗がん剤であるドキソルビシン (DOX) は心毒性や筋萎縮などの副作用をもたらす。我々は最近マウスモデルにおいて、NAD+依存性蛋白脱アセチル化酵素SIRT1の活性化薬として知られるレスベラトロールの投与によりDOXによる心毒性が予防できることを報告した。本研究の目的は、SIRT1の活性に必要なNAD+の前駆体であるニコチンアミド・モノヌクレオチド (NMN) の投与がDOXによる心毒性、筋萎縮、腎障害を軽減するか検討することである。
方法:雄性C57BL6マウスにおいて、vehicleを投与した対照群、DOX (5 mg/kg、IP)を7日毎に4回投与したDOX群、NMN (500 mg/kg、IP) をDOX投与の30分前と2日後に投与したNMN+DOX群の3群を設けた。最終DOX投与から1週間後に心臓超音波検査を行った。その後採血を行い、心筋組織、前脛骨筋、腎組織を採取した。
結果:マウスの体重はDOXを投与した群で徐々に減少したが、NMN投与により体重減少が一部抑制された。左室の収縮性の指標である左室短縮率は対照群 (36±1 %) と比較してDOX群 (29±1 %) で低下していたが、NMN+DOX群 (35±1 %) では維持されていた。対照群と比べてDOX群で心重量・脛骨長比 (5.3±0.2 vs. 4.4±0.1 mg/mm) や前脛骨筋重量・脛骨長比 (2.1±0.1 vs. 1.9±0.1 mg/mm) が低値だったが、それら重量もNMN+DOX群では維持されていた (心4.9±0.1、前脛骨筋2.0±0.1)。血清クレアチニン値は3群間で差はなく、腎組織PAS染色でも組織上の変化は3群で明らかではなかった。しかし腎尿細管細胞のミトコンドリア形態はDOX群で断片化しミトコンドリア機能の低下が示唆された。このミトコンドリアの形態変化はNMNにより抑制された。
結論:NMNによるNAD+の補充により、DOXによる心障害・筋萎縮・腎尿細管障害を軽減する可能性が示された。