【目的】アントラサイクリン系薬であるドキソルビシン(DOX)の抗腫瘍効果には、アポトーシス誘導とミトコンドリア障害が関与する。DOXは心筋細胞においてもミトコンドリアに傷害を与えアポトーシスを惹起するために、不可逆的な心毒性を招くことが知られている。最近、我々はオートファジーを誘導した心筋細胞では、DOXによるアポトーシスが抑制されることを見出した(Kanno S. and Hara A., Cardiovasc. Toxicol., 22, 462-476, 2022.)。分子標的治療薬の一種であるエベロリムス(EVL)は、オートファジー抑制因子であるmTORを阻害することによりオートファジーを促進する。そこで本研究では、DOXによるアポトーシスとミトコンドリア障害に対するEVLの作用を、ラット心臓由来H9c2細胞を用いて検討した。
【方法】H9c2細胞は常法に従いD-MEM培地中にて、ヒトがん細胞株(MCF-7、K562)はRPMI1640培地中にて継代培養をして実験に用いた。細胞生存率と細胞内ATP含量は、ルシフェラーゼによる化学発光法を用いて測定した。アポトーシス発現は、核内クロマチンの凝集と細胞膜表面に露出されるホスファチジルセリンの程度を指標として評価した。オートファジーのマーカーであるLC3、ミトコンドリア障害の指標であるcytochromec、Bcl-2、Baxの変動はいずれもWestern blotting法を用いて解析し、ミトコンドリア膜電位の低下は蛍光試薬JC-1により検出した。
【結果および考察】H9c2細胞にDOX (1 μM)を処理すると、その2時間後よりミトコンドリア障害(ミトコンドリア膜電位の低下、cytochrome cの放出)及びミトコンドリア分画におけるアポトーシス関連タンパク質の変動(Bcl-2の低下、Baxの上昇)を認めた。さらに、18時間後にアポトーシス細胞数は全細胞数の26.8%に増加し、細胞生存率は72.0%に低下した。DOXによるこれら一連の変化は、EVL (1 nM) の前処理により抑制された。このことは、EVLがDOXにより誘発される心筋細胞のアポトーシスとミトコンドリア障害を抑制することを示唆する。一方、EVLはDOX投与前のH9c2細胞においてオートファジーを誘導した。しかし、がん細胞においてはEVLによるオートファジー誘導はみられず、さらにEVLはDOXによるアポトーシス発現と細胞生存率低下に影響を与えなかった。以上の結果、EVLはDOXの抗腫瘍効果に影響を及ぼすことなく、DOXによる心筋細胞死を抑制することが示唆された。このEVLの心筋保護作用には、オートファジーの誘導が関与すると考えられる。