【背景】うつ病は意欲や情動の異常を主症状とする精神疾患であり、増加の一途をたどっている。特にセロトニンやノルアドレナリンの再取り込み阻害薬が抗うつ薬として広く使われていることから、古典的な神経伝達物質によるうつ様行動の制御について研究が進んでいる。一方、種々の神経ペプチドがストレス反応において中心的役割を果たす分子として注目されている。特に、オレキシン神経系は睡眠や覚醒、食欲を制御することが知られているが、近年うつ様行動の制御に関与する可能性が指摘されている。我々は、幼若期にストレスを負荷することによってうつ病モデル動物を作製し、うつ病の病態解明と新規うつ病治療薬の創薬に向けた基礎研究を行ってきた。本研究では、このうつ病モデル動物を用いてうつ様行動における脳内オレキシン神経系の関与について行動薬理学的、分子生物学的解析により追究した。
【方法・結果】生後3週齢の雄性Wistar/STラットに、足蹠電撃ストレスを5日間連続負荷することにより、うつ病モデル動物を作製した(3wFS)。この処置により10週齢で強制水泳試験(FST)におけるうつ様行動(無動時間延長)が認められた。このため、10週齢で対照群および3wFS群の内側前頭前野(mPFC)、海馬(HIP)、扁桃体(AMY)におけるオレキシン1受容体(OXR1)およびオレキシン2受容体(OXR2)の発現解析を行った。3wFS群のHIPでは、OXR1のmRNAおよびタンパクの発現量増加が認められた。一方、mPFCおよびAMYでは変化は認められなかった。OXR2については、いずれの脳部位でも発現変化は認められなかった。さらに、正常ラットの海馬に選択的OXR1拮抗薬(SB-334657)または選択的OXR2拮抗薬(TCS OX2 29)を局所投与したところ、FSTにおける無動時間が減少し、抗うつ作用を示した。
【考察】うつ病モデル動物3wFSでは海馬特異的にOXR1が過剰発現し、このことがうつ様行動を引き起こす可能性が考えられた。今後、幼若期のストレス負荷が海馬OXR1を過剰に発現させるメカニズムやオレキシン受容体拮抗薬の新規抗うつ薬としての可能性の追究していくとともに、海馬オレキシン受容体の発現分布やOXR1あるいはOXR2発現細胞の投射先の同定など神経解剖学的な解析を行い、オレキシン神経系を標的とした抗うつ薬の創薬研究を推進していきたい。