モデリング&シミュレーション(M&S)とは世の中に存在する様々な現象を論理的かつ客観的な数理モデルで記述することで定量的な理解を深めたり、構築したモデルを用いたシミュレーションによって未知の条件下における現象を予測する手法である。M&Sは物理学、生物学、天文学、航空工学、気象学などの様々な分野で長く汎用されており、医薬品業界においても薬物の暴露量と薬理効果の関係性を統計学的に記述するPharmacokinetics-Pharmacodynamics(PK-PD)モデルが盛んに活用され、定量的、効率的な医薬品開発に寄与してきた。しかしながらフェーズ2試験で十分な薬理効果が確認されずに開発を中断するケースは依然として多く、従来のPK-PDモデリングのみでは医薬品開発の成功率が劇的に改善されたとは言い難い状況にある。
そこで近年Quantitative Systems Pharmacology(QSP)という生体システムと薬物との相互作用を生理学的に記述するモデリングの手法が医薬品開発成功率を改善する新しいアプローチとして注目を集めている。従来の経験則に基づく統計学的なPK-PDモデルとは異なり、QSPは対象疾患の病態生理と薬物の作用機序を実験データや論文情報に基づいて数理モデルとして記述することにより薬物介入によって惹起される生体コンポーネントの変化をシミュレーションすることができる。そのためQSPは薬物作用機序の定量的な理解やその理解に基づいた開発候補品選択、バイオマーカー測定や多剤併用戦略立案のサポートなど様々な目的で使用することが可能である。特に薬理研究においては、仮想の実験動物や患者集団をコンピューター上で発生させて薬理効果を予測するvirtual(pre-)clinical trialによって動物実験計画を策定したり、非臨床データから想定患者における薬効を予測してGo/No-goの意思決定をサポートするなど効果的に活用することができる。一方で、疾患や薬理効果に関する膨大な情報を必要とするQSPはモデル構造が極めて複雑となり、その構築や効果的な活用にはバイオロジーについて深い知識を持つ薬理研究者の協働が不可欠である。
本シンポジウムでは、具体的な事例として癌免疫領域におけるQSPの活用事例を紹介し、QSPの医薬品研究・開発、特に薬理研究における有用性を議論したい。