基礎研究において重要な創薬標的分子が同定されたとしても、標的に作用して薬効を示す医薬品を開発することは容易ではない。医薬品の創出には長い年月を必要とし、場合によっては期待するような結果が得られずに研究や開発が頓挫してしまうことも多い。
これまで、低分子医薬品の開発研究は、ATPが基質となるプロテインキナーゼや、低分子がリガンドとなるGPCRなど、低分子化合物が作用しやすいタンパク質を標的として行われ、多くの革新的医薬品が生み出されてきた。こられのような、いわゆるドラッガブルな標的分子は近年見つかりにくくなっており、アンドラッガブルな標的分子の攻略が、創薬研究における喫緊の課題となっている。製薬会社やベンチャー企業は、その課題に対処するため、低分子、抗体、核酸、細胞といった様々なモダリティによる医薬品の創出を試みている。
一方、医薬品となり得る性質をもつ低分子化合物の総数(=ケミカルスペース)は10の60乗個といわれており、このケミカルスペースを効率良く探索できれば、アンドラッガブル標的に対して作用する化合物を同定することも可能と考えらえる。その方法の一つである、Ultra Large-scale Virtual Screening(ULVS)では、コンピューター上で1億個以上のバーチャル化合物を発生させ、標的タンパク質の立体構造にぴったりとはまる化合物をドッキングシミュレーションにより見出していく。ヒットした化合物だけを実際に合成し評価することで、HTSなど従来の方法よりもはるかに大きなケミカルスペースを、短い期間で探索することが可能となる。
ULVSにおいて重要な情報は、シミュレーションに用いる標的タンパク質の立体構造である。その構造は原子分解能であり、プロトタイプとなる化合物が結合している必要がある。化合物が同定されていない新規標的に対しては、X線結晶構造解析によるフラグメントスクリーニングが有効な手段の一つであり、近年の放射光ビームラインの高速化、自動化によりそれが実現している。また、クライオ電子顕微鏡による単粒子構造解析法は、ここ数年重要なタンパク質の立体構造を原子分解能で次々と決定しており、ULVSを実行可能な標的分子は今後ますます増えていくと予想される。
本発表においては、各要素技術について紹介するとともに、弊社での活用事例についても紹介したい。