本講演では、薬局のレジで消費者が支払う薬剤費を出発点に製薬会社の収益構造を読み解き、営利企業における研究戦略や研究費支出の考え方について述べる。また、医薬品のライセンスにおける「値札のつけ方」の代表例を紹介し、研究成果のフェアトレードについて論じる。
2022年現在、医療用医薬品として開発中のパイプラインは全世界で5,416件に及び、その数は10年前と比較して約2.3倍に増加した。内訳を見ると、オーファンドラッグや挑戦的な新モダリティーの増加、ベンチャー企業やアカデミアなど比較的小規模な組織が初期開発を担うケースの増加が目立つ。一方、世界トップ10製薬会社による開発の寄与率(品目数ベースでのシェア)は年々低下し、その率は5%を下回っている。また、大手製薬会社におけるベンチャー等からの導入品の比率も増加しており、小規模な組織で開発されたパイプラインのうちごく一部が大手製薬会社に引き継がれ後期開発が行われていることが見て取れる。
これらパイプラインは、大学や公的研究機関を起源とするものも多い。研究には競争的研究資金や製薬会社からの奨学寄附金、共同研究費などが充当され、アカデミアにとってその効率的な獲得は研究の自由度と研究成果の質を左右すると言っても過言ではない。一方で、アカデミアが資金の出し手の意向に過度に忖度してしまっては、自由かつスケールの大きい研究者個人の発想も良質な研究成果も失われてしまうであろう。
研究成果やパイプラインの引き継ぎにおける商取引がオープンイノベーションの本質である。アカデミアを含む製薬業界のプレイヤーそれぞれが現代のアジャイル(臨機応変で機敏)な医薬品開発を担っている。アカデミアの研究者が自らの研究成果の金銭的価値の算定方法や高め方を理解し、売り手と買い手が対等かつフェアな取引を行うことが科学と産業の発展の近道であると考えている。