トリプルネガティブ型乳がん(TNBC)はエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびHER2受容体が陰性であり、早期に再発・転移する予後の悪い乳がんである。TNBCは癌幹細胞を多く含むことから、TNBC幹細胞の増殖機構を解明することにより新たな治療薬の標的分子が明らかになることが期待される。
我々はこれまでに、乳がん幹細胞の機能的マーカーであるアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の酵素活性を指標にしたアッセイ系を用いて、リゾホスファチジン酸(LPA)刺激により、Gタンパク質共役型受容体であるLPAR3を介して細胞内カルシウムが増加し、 ALDH陽性細胞の増殖が誘導されることを報告した。そこで本研究ではカルシウムイオンチャネルによる増殖機構を検討し、さらに公的データベースを用いた臨床的意義の検討を行った。
我々は、ALDH陽性細胞とALDH陰性細胞の遺伝子発現を比較したところ、TRPCファミリーの中でTRPC3がALDH陽性細胞で発現が亢進していることを見出した。LPAによる細胞内カルシウムの増加およびALDH陽性細胞の増殖は、TRPC3選択的阻害剤Pyr3によって阻害された。TRPC3のノックダウンによっても同様の結果が得られた。これらの結果から、LPAによるTNBC幹細胞の増殖にTRPC3が関与していることが示唆された。
次に、公的な臨床データベースを用いて、LPAR3とTRPC3と乳がんの予後を検討した。TNBC患者において、正常組織よりもがん組織においてLPAR3およびTRPC3の発現が亢進していることを見出した。さらに、TNBC患者の予後をKaplan-Meier Plotterで解析したところ、LPAR3およびTRPC3が高発現の患者は予後不良であった。
以上の結果から、LPAはLPAR3の下流でTRPC3を活性化し、細胞内カルシウムの増加を介して TNBC幹細胞の増殖を誘導することが示唆された。さらに、LPAR3およびTRPC3の発現はTNBC患者の臨床情報と相関していることが示唆された。