【目的】炎症性腸疾患(IBD)は下痢・血便や体重減少といった症状を呈する難治性の慢性炎症疾患であり、その病態の背景には免疫系の異常が密接に関わると考えられている。本疾患の病態形成機序の詳細は未だ不明であるが、これまでにIBD患者の腸管組織においてプロスタグランジン(PG)E2の生合成系の最終酵素である膜型PGE合成酵素-1(mPGES-1)が高発現することが報告されている。そこで本研究ではIBD病態におけるmPGES-1の役割を解明することを目的とし、特にT細胞免疫系に着目した解析を行った。
【方法】実験動物にはC57BL/6系統のmPGES-1欠損マウスおよび対照となる野生型マウスを用いた。mPGES-1欠損マウスならびに野生型マウスにデキストラン硫酸ナトリウム水溶液を7日間自由飲水させてIBD様腸炎モデルを作成した。腸炎病態は、下痢・軟便、体重減少といった腸炎症状をスコア化することで評価した。また、大腸の組織学的解析を行い、大腸におけるmPGES-1の発現およびその局在を解析した。さらに、大腸粘膜固有層単核細胞(LPMC)におけるTh17/Th1細胞の解析に加えて、CD4抗体の投与によって一時的にCD4陽性のヘルパーT(Th)細胞の大部分を枯渇したマウスを用いて腸炎病態の評価を行った。
【結果】腸炎誘発後の野生型マウスの大腸ではmPGES-1を高発現に認め、その発現は粘膜上皮細胞ならびに一部の炎症性細胞に局在していた。また、腸炎誘発後のmPGES-1欠損マウスでは野生型マウスに比べて、体重減少や下痢・血便症状をはじめとする腸炎症状の増悪を認め、これらを総合的に評価した総病態スコアは高値を示した。大腸を組織学的に解析した結果、mPGES-1欠損マウスでは野生型マウスに比べて、重度の粘膜障害と筋層の肥厚、病変部位への炎症性細胞の浸潤を認めた。更に、mPGES-1欠損マウスの大腸ではIBDの増悪因子であるIL-17やIFNγの発現が亢進していた。LPMC中のIL-17およびIFNγを産生するTh17/Th1細胞を解析したところ、野生型マウスに比べてmPGES-1欠損マウスでTh17/Th1細胞の増加を認めた。そこで、抗CD4抗体を用いてTh細胞の大部分を枯渇したmPGES-1欠損マウスを作成して検討を加えたところ、Th17/Th1関連サイトカイン発現の減弱を伴って腸炎病態は有意に抑制された。
【結語】mPGES-1/PGE2系は、腸炎病態で亢進を認めるTh17/Th1腸管免疫系を抑制的に制御することで、腸炎病態に対して保護的に働くことが示唆された。