【背景・目的】加味帰脾湯は14種類の生薬で構成され、神経症・精神不安・不眠症・貧血の改善に効果がある漢方薬である。近年、加味帰脾湯の精神不安や神経症の症状改善作用は、オキシトシンニューロンを介している可能性が報告されている。オキシトシン神経の興奮性を制御するイオンチャネルのひとつに、KCNK2(TREK-1) K+チャネルがあり、このチャネルはうつ病との関係性も指摘されている。これまでの当講座の研究で、加味帰脾湯はTREK-1活性を濃度依存的に阻害し、6つの構成生薬、柴胡、酸棗仁、当帰、生姜、茯苓および竜眼肉に抑制作用が認められている。そのうち酸棗仁、茯苓、竜眼肉の構成成分には、16種類のうち11種類の成分に抑制作用が認められた。そこで本研究では、TREK-1阻害作用が認められた残り3つの構成生薬、柴胡・当帰・生姜の構成成分について解析を行った。
【方法】TREK-1を安定発現させたHEK293細胞を用いて、FluxORTM Potassium Ion Channel Assayにより、TREK-1を透過するK+イオンに対する加味帰脾湯構成成分の作用を評価した。タリウムと結合する蛍光色素を細胞内に導入し、K+チャネルアゴニストであるML335を用いてK+チャネルを開口させ、細胞内に流入したタリウムと結合する蛍光色素の蛍光強度を測定することによりK+チャネルの活性を評価した。
【結果】生姜構成成分10種類のうち9種類(9/10)、当帰構成成分10種類のうち6種類(6/10)、柴胡構成成分6種類のうち3種類(3/6)、合計18種類(18/26)に阻害作用が認められた。
【考察】加味帰脾湯はTREK-1 K+チャネルの阻害作用を有し、さらに構成生薬においてもその作用が認められた。加えて構成成分42種類中29種類に阻害作用があることを見出した。以上の結果より、加味帰脾湯を構成する生薬14種類のうち6種類、その構成成分42種類のうち29種類がTREK-1活性を阻害することがわかった。オキシトシンニューロンに発現しているTREK-1チャネル活性の抑制はオキシトシンニューロンを活性化する可能性が考えられる。以上より、加味帰脾湯による精神症状の改善には少なくともTREK-1活性阻害によるオキシトシンニューロンの活性化が関与していることが考えられた。