【目的】 ARDS(急性呼吸窮迫症候群)は、COVID-19等の感染症に起因する肺炎や敗血症などにおいて肺血管透過性亢進により肺水腫をきたす重度の呼吸不全として注目されている。血管内皮増殖因子(VEGF)は血管新生だけでなく、血管透過性亢進にも関与する。VEGFの受容体には1型VEGF受容体(VEGFR1)と2型VEGF受容体(VEGFR2)の2つがある。私たちはこれまでマクロファージに発現するVEGFR1シグナルが炎症や組織修復に関与することを報告してきた。そこで、本研究では肺傷害や肺血管透過性に果たすVEGFR1の役割を明らかにすることを目的とした。
【方法】 雄性VEGFR1チロシンキナーゼノックアウトマウス(VEGFR1 TKKO)(以下TKKO)と野生型マウス(WT)を用いた。麻酔下にLPS(Lipopolysaccharide)5 mg/kgを気管内投与し、急性肺傷害を誘導しARDSモデルとした。肺組織検体および気管支肺胞洗浄液(BALF)を採取し、組織学的、遺伝子解析、蛋白質・サイトカイン測定、フローサイトメトリー解析などで肺傷害を比較検討した。
【結果】 LPS投与後の生存率はWTで100%であったが、TKKOでは72時間以後死亡が増加し、生存率は60%であった。WTに比較してTKKOで炎症性細胞浸潤や出血がみられ、肺損傷スコア―はLPS投与後48時間および72時間で高かった。BALF中のタンパク量はLPS投与後48時間ならびに72時間後でWTよりもTKKOで増加した。BALF中の炎症性サイトカインであるIL-6はWTよりもTKKOで高値を示した。BALF中の炎症性細胞をフローサイトメトリーで解析すると、LPS投与前では肺胞マクロファージが占めており、かつVEGFR1を発現した。LPS投与72時間では肺胞マクロファージは両群ともに著明に減少し、その代わり好中球が増加したが、好中球数はWTよりもTKKOで高値を示した。
【結論】 LPS誘導急性肺傷害によって作成したARDSモデルでは、マクロファージがVEGFR 1シグナルを介して炎症性サイトカイン産生および好中球集積を抑制し、肺傷害を軽減することでARDSに対して防御的作用を示す可能性が示唆された。