【目的】敗血症は感染症を起点とする制御不能な宿主反応による多臓器不全と定義される疾患である。敗血症生存率は性差があり、臨床において女性は男性より生存率が高く、動物実験でも同様である。しかしこの性差の分子機構は明らかにされていない。我々は以前、敗血症モデルマウスにて、骨格筋線維が自然免疫応答を起こし、筋萎縮・筋力低下を呈すことを報告した(Ono, Sakamoto et al, Sci Rep 2020)。近年、骨格筋特異的自然免疫応答欠損マウスにて敗血症性差の消失が報告されていることから(Laitano et al, Sci Rep 2021)、骨格筋が敗血症性差に関与する可能性がある。本研究では、性転換マウスに敗血症を発症させ、敗血症性差の分子機構の探索を行った。
【方法】性転換マウス(B6.Cg-Tg(Sry)2Ei Srydl1Rlb/ArnoJ)を野生型C57BL/6J雌と交配させ、性染色体XXの雌雄と、性染色体XYの雌雄、計4種類の遺伝子型をもつマウス(Four Core Genotypes; FCGs)を誕生させた。敗血症は盲腸結紮穿孔法(CLP)で発症させた。急性症状はCLP24時間後のマウス敗血症スコア(MSS)と前肢握力で定量化した。網羅的遺伝子発現解析にはRNA-seqを、定量解析にはqPCR法を用いた。培養骨格筋細胞としてマウスC2C12骨格筋芽細胞由来筋管細胞をもちいた。
【結果】敗血症を発症させたFCGs4群において、MSSはXX雌群がやや軽度の傾向をしめしたが、有意差は無かった。また、前肢握力も4群間で有意差はなかった。一方で、96時間生存率はXX雌群が他群と比較して有意に高く、XX雄、XY雌、XY雄の3群間では有意差は無かった。次に敗血症発症FCGs4群の骨格筋遺伝子発現を解析したところ、XX雌群にてMmp3, Saa3, Prg4, Ifi205の4遺伝子が特異的に高発現することが見出された。これらのうち、Saa3Prg4は培養骨格筋細胞において17βエストラジオール(100 pM)により発現増加を起こすことが示された。一方、テストステロン(100 nM)は効果がなかった。
【考察】FCGs4群の比較において、敗血症生存率がXX雌でのみ他群よりも高かったことは、敗血症生存において性染色体XXかつ女性ホルモンの存在が有利に働くことを意味する。XX雌でのみ高発現する4つの遺伝子がこの現象の関連因子として見つかった。特にPrg4はCOVID-19生還者でも高レベルで発現することが報告されており、敗血症からの生還に重要な可能性がある。現在、これら因子の機能解析を実施中であり、敗血症性差および敗血症抵抗性との関連が見いだされれば新たな治療標的となる可能性がある。