麻酔薬は中枢神経系に抑制的に働き、意識レベルの制御を行うことにより手術中の患者の全身管理を目的として使用される。近年、麻酔薬の使用に伴い生体の免疫系に対して抑制的に働くことが報告されており、感染症ならびに悪性腫瘍の転移等に影響を及ぼすことが危惧されている。しかしながら、麻酔薬による末梢免疫抑制機構についてはほとんど明らかとなっていないのが現状である。そこで本研究では、種々の静脈麻酔薬の投与による二次リンパ器官である脾臓における各種免疫細胞への影響について検討を行った。まず、midazolam (30 mg/kg)、ketamine (30 mg/kg)、remifentanil (30 μg/kg) ならびに propofol (25 mg/kg) を 1 日おきに 3 回尾静脈内投与した際の脾臓内免疫細胞変容について検討を行った。その結果、いずれの薬物投与によっても、 CD4 陽性 T 細胞あるいは CD8 陽性 T 細胞数に変化は認められなかった。次に、ウイルス感染細胞や腫瘍細胞を攻撃する機能を有する CD8 陽性 T 細胞に着目し、分取した CD8 陽性 T 細胞の免疫チェックポイント分子の遺伝子発現変動について解析を行った。その結果、ketamine の投与によってのみ CD8 陽性 T 細胞における抑制性免疫チェックポイント受容体の発現量の有意な増加が認められた。さらに、免疫細胞内において、免疫細胞の疲弊化に関わる嫌気性の細胞代謝に関与する低酸素反応経路の関与について検討した。その結果、ketamine あるいは remifentanil 投与によって低酸素反応経路の亢進に関わる分子の発現増加が認められた。以上より、ketamine あるいは remifentanil の投与により、免疫細胞内の代謝変容に関わる分子の発現変動が認められることが明らかとなった。また、ketamine の投与により、抑制性免疫チェックポイント分子の発現増加を介した免疫細胞の疲弊化が惹起される可能性が示唆された。