【目的】虚血性心疾患や高血圧性心疾患をはじめとするあらゆる心疾患は、病的な心肥大を経て最終的に心機能の低下した心不全へと至る。これまでに心筋細胞肥大反応には核内転写経路であるp300/GATA4経路が重要であることが明らかにされている。我々はヒストンアセチル化酵素 (HAT) 活性を有するp300が活性化するとヒストンや転写因子GATA4のアセチル化が亢進し、心肥大反応遺伝子の転写亢進や心筋細胞肥大を引き起こすことを見出している。さらに、天然抽出物のクルクミンはp300-HAT阻害作用を持ち、フェニレフリン (PE) 誘導性の心筋細胞肥大や高血圧性心不全モデルラットにおいて心不全の進展を抑制することを報告している。また、p300-HAT阻害剤であるC646やL002がアンギオテンシンⅡ刺激による心リモデリングおよび心不全の発症を抑制したとの報告がある。以上のことからp300-HAT活性は心不全治療の標的になると考えられる。A485はp300のアセチルCoA結合部位を競合阻害する化合物である。A485のIC50はC646やL002に比べ低く、より低濃度で心筋細胞肥大の進展を抑制すると期待できる。そこで、本研究ではp300-HAT阻害剤であるA485に着目し、心筋細胞肥大に対する作用を検討した。
【方法・結果】A485が心筋細胞肥大を抑制するか検討するために、ラット初代培養心筋細胞に10~100 nMのA485で前処理し、30 nMのPEにて48時間刺激し、心筋細胞肥大を惹起した。心筋細胞に対するα-actinin抗体で免疫染色し、細胞面積測定を行った結果、PE刺激による心筋細胞の肥大はA485の30 nMにより有意に抑制された。qRT-PCR法の結果、A485は30 nMでPE刺激による肥大反応遺伝子であるAtrial natriuretic factor (ANF)とBrain natriuretic peptide (BNP) のmRNAレベルの増加を有意に抑制した。さらに、ウエスタンブロット(WB)法によりヒストンのアセチル化について検討したところ、A485はPE刺激によって亢進したヒストンのテールドメインのH3K9のアセチル化を抑制した。
【結論】p300-HAT阻害剤であるA485は心筋細胞肥大を抑制することが示唆された。今後、A485を心不全モデルマウスに投与し、検討を行うことでA485が新規心不全治療薬となることが期待される。