哺乳類の心室筋細胞は、出生時には未熟な状態にあり、肥大化や興奮収縮連関の発達、ミトコンドリアの成熟化などの表現型変化が生じる。これらの変化はマウスでは離乳期までに完了し、その結果心室筋細胞は強く収縮することが可能になる。さらに近年ではマウスの心室筋細胞は出生後も一定回数分裂することが明らかになっている。しかしながら、これらの制御メカニズムや出生後の心臓の機能的発達における役割はいまだ不明な点が多い。そこで我々は、細胞の生存や分裂に重要な細胞膜受容体gp130について着目し、心室筋細胞の表現型変化におけるその役割について研究を行った。出生後1日目から20日目まで、gp130の機能を薬理学的に阻害すると、左心室の著しい収縮率の低下が誘導された。続いて、出生後に心筋細胞特異的gp130遺伝子発現を阻害したマウスについて調べた結果、同様に左心室収縮率が低下していた。これらの心臓を詳細に解析すると、左心室心筋層の菲薄化が確認され、心室筋細胞の出生後分裂が有意に低下しており、三次元構築解析から左心室内の心筋細胞総数が減少していることが判明した。一方で、心筋細胞の収縮に重要なサルコメアタンパク質や、興奮収縮連関、ミトコンドリアの形態については大きな差を認めなかった。Gp130のリガンドはインターロイキン-6(IL-6)ファミリーというサイトカイン群である。そこで、それらリガンドの心室筋細胞分裂における作用を培養細胞系で検討した結果、IL-6がJAK-STAT3経路を介して最も強く分裂を誘導することが判明した。最後に、IL-6中和抗体をマウスに投与したところ、gp130依存的な心室筋細胞の分裂がほぼ完全に抑制された。これらの結果から、IL-6/gp130/JAK-STAT3経路は、出生後の左心室心筋細胞の分裂を正に制御しており、これは出生後の生理的な心機能発達に重要であることが明らかとなった。