グリア細胞の一種であるアストロサイトは、病態時に「反応性アストロサイト」に変化し、特にニューロンやグリア細胞等との細胞間コミュニケーションに関わる分子を大きく変化させる。例えばグリア伝達物質として中心的な役割を果たすATPの受容体「P2Y1受容体」は、てんかん、アルツハイマー病等多くの疾患においてアストロサイトでの発現が大きく亢進する。この病態生理学的意義を理解するために、アストロサイト特異的にP2Y1受容体を過剰発現(P2Y1OE)させたマウスを作成し、これまでに薬剤誘発てんかんの閾値低下、海馬異常スパイクの発生など、ニューロンの過興奮と関連する可能性を報告してきた。本研究では、P2Y1OEがニューロン過興奮を惹起する細胞メカニズムの解明を行った。研究は、海馬急性スライス標本を用いたニューロンとアストロサイトのCa2+シグナル同時イメージングを中心に据え、グルタミン酸イメージング、RNA-seq、免疫組織化学法及びin situ hybridizationにより補完した。1.アストロサイトP2Y1OEにより、①シャーファー側枝―CA1ニューロン間で興奮性シナプス伝達が増強され(錐体ニューロン樹状突起の急速Ca2+応答)、②同部位アストロサイトで非常に大きな遅発性Ca2+応答が生じ、③これらはP2Y1受容体拮抗薬MRS2179により阻害された。よって、アストロサイトP2Y1OEは、ニューロン-アストロサイト間の双方向性情報伝達を増強することが明らかとなった。2.細胞外グルタミン酸イメージングにより、アストロサイトP2Y1OEがシナプス由来のグルタミン酸放出を増強することがわかった。3.RNA-seq、免疫組織化学法等により、グルタミン酸放出を増強するアストロサイト由来因子としてIGFBP2を同定した。以上、病態時におけるアストロサイトP2Y1受容体発現亢進の病態生理学的意義は、ニューロン-アストロサイト間の双方向性情報伝達の増強を介するニューロン過興奮であること、このニューロン過興奮を引き起こす因子はアストロサイト由来のIGFBP2であること、が明らかとなった。