うつ病罹患者数は全世界で2億6000万人超と増加の一途を辿り、世界的な社会問題となりつつあるが、既存うつ病治療薬は様々な問題点を指摘されており、新規治療薬の開発が期待されている。我々はその創薬標的としてδオピオイド受容体(DOP)に着目しており、DOP作動薬が即効性かつ安全性の高い新規うつ病治療薬となる可能性を示唆してきた。しかし、その詳細な作用機序は未解明である。そこで本研究では、行動薬理学・生化学・免疫組織学・電気生理学的解析を用いて、DOP作動薬のマウスにおける抗うつ様作用機序の解明を試みた。
 実験には雄性C57BL/6JマウスおよびICRマウス(6週齢)を用いた。まず、抗うつ薬の代表的なスクリーニング系である強制水泳試験を用いて、単回投与時における選択的DOP作動薬KNT-127の作用機序を検討した。その結果、KNT-127(10 mg/kg, s.c.)は内側前頭前野下辺縁皮質のGABA作動性神経系において、PI3K-Akt-mTOR-p70S6Kシグナル伝達経路を介してGABA放出を抑制し、その結果としてグルタミン酸放出を促進することにより抗うつ様作用を示すことが明らかとなった。次に、情動ストレスの慢性曝露によって作製されることから妥当性の高いうつ病モデル動物と考えられている代理社会的敗北ストレスモデルマウス(cVSDSマウス)を用いて、KNT-127の作用を評価した。その結果、ストレス負荷期間(10日間)中のKNT-127(3 mg/kg, s.c.)の反復投与により、cVSDSマウスで観察される社会性行動および海馬歯状回における新生神経細胞生存率の低下が抑制された。また、KNT-127はcVSDSマウスで認められる血中コルチコステロン濃度の上昇を抑制した。以上より、KNT-127はマウス内側前頭前野下辺縁皮質でのグルタミン酸作動性神経系の賦活化に加えて、情動ストレス抵抗性に伴う海馬新生神経保護作用を介して抗うつ様作用を示す可能性が示唆された。
 本結果は、新規うつ病治療薬の創薬標的としてのDOPの作用機序の全解明に繋がると同時に、DOP作動薬の臨床応用へ向けた大きな足掛かりになると考えている。さらにこれらの作用機序は、数々提唱されているうつ病の病態仮説を再検・統合した新たな病態仮説を提唱し得ると推察している。