エピジェネティクス機構は遺伝子のスイッチとして働き、遺伝子発現に関わる。エピゲノムは環境によって変化し、蓄積したエピジェネティクス異常はさまざまな疾患に関わることが明らかにされた。エピジェネティクス情報を用いて、生活習慣病の新たな診断・治療法を検討している。
虚血性腎障害後には、BMP7などの腎保護因子が再誘導されて修復に関わることが知られておりエピジェネティクスの関与を調べた。虚血からの回復過程で、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)5が減少してBMP7を誘導することが明らかになった。一側尿管結紮マウスの腎線維化モデルでは、HDAC阻害薬が線維化・炎症反応を抑制し腎保護効果をもち、エピジェネティクス機構が治療標的になるうることが示された。
 慢性の病態には、ヒストン修飾よりも安定なDNAメチル化の変化が関わると考えられる。飢餓状態を経験した妊婦から生まれた子供が成人後に高血圧を発症しやすいことがDevelopmental Origin of Heath and Disease(DOHaD)として知られる。妊娠中に低蛋白食を投与するモデルで、妊娠時の低栄養がDNAメチル基転移酵素3a低下を介して胎児の血圧中枢にメチル化異常を生じ、生下後に高血圧を発症させる機構が明らかになった。
 糖尿病発症初期の血糖のコントロールは組織に記憶されてその後の合併症発症に関わる。このメモリー現象に白血球のDNAメチル化異常が関わることが最近示されたが、合併症対象臓器である腎臓での検討は不十分である。糖尿病モデルdb/dbマウスの検討で、腎臓近位尿細管ではアンジオテンシノーゲンに、糸球体では線維化に関わるTGFbetaにDNA脱メチル化が認められた。ヒト腎生検組織を用いた検討でも、線維化遺伝子、酸化的ストレス因子に脱メチル化がみられる一方、腎保護因子にはDNAメチル化の増加が生じていることが観察された。中でもeGFRと相関のあるメチル化異常に、病因に関わるものが含まれると考えられ、現在検討を進めている。DNAメチル化異常成立過程は、治療標的として有望である。
 体液中でも安定なDNAメチル化は診断への利用価値が注目されている。糖尿病患者の尿中DNAメチル化解析が診断応用可能か検討した。従来の診断法に尿中DNAメチル化マーカーを加えることにより、腎機能が悪化している患者の識別能力は増加し、尿DNAメチル化診断法の可能性が示された。