1日のうち8時間眠るとすると、人生の1/3もの時間を睡眠に費やすことになる。それにもかかわらず、睡眠覚醒がどのように調節されているのかについては未だによく分かっていない。
 近年の研究から、神経ペプチド「オレキシン」を産生するオレキシン神経視床下部が睡眠覚醒調節に重要な役割を担っていることが分かってきた。オレキシン遺伝子欠損マウスがナルコレプシーに酷似した症状を示したため、オレキシンとナルコレプシーとの関係の研究が行われた。ナルコレプシーの主症状は、日中の耐え難い眠気、入眠時幻覚、情動脱力発作である。実際にナルコレプシー患者の脳ではオレキシン神経だけが無くなっていることが明らかになった。これらのことから、オレキシン神経特異的な脱落がナルコレプシーの原因であることが判明し、オレキシン神経が睡眠覚醒調節において重要な役割を担っていることが明らかとなった。オレキシン神経は覚醒中枢に投射し、これを活性化させることから、睡眠中枢と覚醒中枢との間の相互抑制関係を安定化し、覚醒状態を維持するのに重要な役割を担っていると考えられる。これまで技術的な問題から神経活動と睡眠覚醒状態変化を明らかにする研究が難しかったが、新しい研究技術である光遺伝学「オプトジェネティクス(Optogenetics)」を用いることによって、神経活動と行動発現との因果関係について個体を用いて直接解析することが可能となり、その調節の仕組みの一部が解明されつつある。
今回の講演では、視床下部のオレキシン神経、メラニン凝集ホルモン(MCH)神経の生理的役割を明らかにした、睡眠覚醒と記憶の調節機構についての新しい知見を紹介する。