肺高血圧症とは、様々な要因により慢性的に肺動脈圧が上昇する予後不良の疾患である。最も典型的な臨床像を示す肺動脈性肺高血圧症(PAH)は、肺血管での病変に起因する難病である。PAH治療薬として、エンドセリン受容体拮抗薬、プロスタサイクリン製剤、ホスホジエステラーゼ5型阻害薬などが用いられているが、根治治療には至っていない。そのため、新たな作用メカニズムを有する治療薬が期待されるアンメット・メディカル・ニーズが高い領域である。肺動脈平滑筋の細胞内Ca2+濃度が正常範囲内で上昇すると収縮や増殖が起こる。しかし、Ca2+シグナルの増強によって過度の細胞内Ca2+濃度増加が持続すると過収縮(攣縮)や肥厚(リモデリング)が起こる。これらの病変によって肺血管内腔が狭小化した結果、肺動脈圧が持続的に上昇し、最終的には右心不全に陥る。これまでに、Ca2+透過性イオンチャネル(TRPC6)やCa2+感受性受容体がPAH病態形成に関与し、それらの標的創薬が新規PAH治療薬として有望であることを報告してきた。本研究では、PAH患者由来肺動脈平滑筋細胞を用いたDNAマイクロアレイ解析を行い、PAH病態形成に関与するCa2+関連イオンチャネルおよび受容体を探索した。その結果、PAH細胞において、2ポアドメイン型K+(K2P)チャネル(KCNK1/TWIK1、KCNK2/TREK1)の発現亢進を見出した。K2Pチャネル阻害薬であるキニーネやテトラペンチルアンモニウムは、PAH細胞の過剰な増殖を抑制した。さらに、KCNK1やKCNK2チャネルのsiRNAノックダウンもPAH細胞の過剰な増殖を抑制した。K2Pチャネルの発現増加による過分極は、増殖型平滑筋細胞で発現する電位非依存性Ca2+チャネルからのCa2+流入を促進すると考えられる。そのため、KCNK1やKCNK2チャネルは新規PAH治療薬の標的となる可能性が示された。また、PAH細胞では、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)受容体(S1P3)の発現も亢進していた。S1P受容体作用薬で多発性硬化症治療薬として知られているフィンゴリモドは、PAH細胞の過剰な増殖を抑制し、肺高血圧症ラットの右室収縮期圧の上昇や肺血管リモデリングを阻害した。さらに、フィンゴリモドは肺高血圧症ラットの死亡率も抑制した。そのため、フィンゴリモドがPAHに対するドラッグ・リポジショニングとして有用であることが示唆された。本研究成果は、PAH病態機構の解明および標的創薬(イオンチャネル創薬および受容体創薬)につながることが期待される。